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「意外と普通の車に乗ってるんですね。てっきりLの車に乗っているものかと」
本橋夫妻の自宅を後にし、奏は怜に車で送ってもらっているところだ。
怜は、会社を継がないとはいえ、社長の息子である。
なので怜も、漫画やラノベに出てくる御曹司やスパダリのように、車はLの車に乗っているんだろうな、と奏は何の気無しに思っていた。
彼がステアリングを握っているのは、国産車メーカーの白いセダン。
「Lの車って、T社のブランド車だろ? 俺は人と同じっていうのが嫌だから、もし自分が高級車を手にするとしたら、Iの車にするだろうな。あの車もN社のブランド車だけど。以前はIの車が走ってるのをちょいちょい見かけたけど、今は全然見かけないよな」
「さすがは男子。車好きなんですね」
「俺はそんなに詳しくないけどな。ああ、圭はLの車に乗ってるよ。アイツは皆が持ってるブランドとか、流行り物や人気のある物とか、人と同じ物を持ってると安心するんだか何だか知らないが、そういうの大好きだから。承認欲求も強いし、婚約者もいるのに、いい歳こいてモテはやされたいんだろ、アイツ」
どこか皮肉めいたような、嘲笑するような口調で彼が答える。
「というよりも俺の性格が……どこか捻くれてるっていうのもあるけどな」
前方を見据え、ステアリングを握りながら言い捨てる怜。
しかし、双子でも性格が全然違う二人なんだな、と怜の話を聞いて奏は思う。
彼の運転する車が国立市街を走っている。
若くして引退した昭和の某有名アイドルが引退後、怜の車が走行している周辺に住んでいた事で、国立市は有名になった。
国立に来たという事は、このちょっとしたドライブも、終わりに近付いてきた証拠だ。
「そういえば……」
「どうかしたか?」
奏が以前から考えていた事を、このドライブで怜に聞こうと思った。
「葉山さんと奈美の結婚式で会った時、私、どっかで見た事があるかもって思ってたんです。あの時は、すぐに思い出せなかったけど……結婚式の三ヶ月くらい前、私が働いている日野のハヤマ特約店に、楽譜の在庫チェックや補充でいらしてましたよね?」
「…………」
怜は黙ったまま前を向いて運転を続けている。
交差点で赤信号になり停車すると、怜は助手席に座っている奏を見やった。
「…………やっと、思い出してくれたようだな」
微かに口元を綻ばせて言った言葉に、彼女は思わず目を見張った。
「知ってたんですか?」
「俺も、君が披露宴でピアノを弾いているのを見た時、どこかで会った事があるって思ってたんだ。音羽さんの瞳って、目力があって印象的だったから。でもその時は思い出せなくてさ」
信号が青に変わり、怜の車が滑らかに走り出した。
声に笑みを含ませたまま、前方に視線を向けながら、怜は言葉を繋いでいく。
「君が俺に馴れ馴れしいって言い放った後、走りながら君を追いかけている時、この女性は日野のハヤマ特約店にいた彼女だって思い出したんだ」
「そうだったんですね……」
夜も更けてきて道も空いているせいか、住宅街を走り抜けると、あっという間に奏の自宅近くに到着した。
「送ってくれてありがとうございました。ここで大丈夫です。帰り、気を付けて下さいね」
シートベルトを外し、助手席のドアに手を掛けると、怜が奏の肩を掴み、引き留めた。