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「……え?」
「先日の創業パーティの時、俺が言った事……覚えてるか?」
「……」
「なぜ君は、人を寄せ付けないように冷たく振る舞う? と聞いただろ?」
まるで奏を取り締まっているかのような、感情を殺した低い声色。
暗闇の車内に青白く浮かぶ怜が無表情で読み取れない。
冷淡にも見える彼の面差しに、彼女の身体がゾクリと震える。
忘れていた中野との失恋の傷が、膿んでいるようにジュクジュクと疼き出し、奏の表情も強張り始めた。
「あの時の君……尋常じゃなかった……」
「…………」
ハザードランプのカチカチという一定のリズムを刻む音が、沈黙の車内を包む。
クリック音を思わせるそれは、まるで怜が奏に回答を迫っているようだ。
「そんなに言えない事なのか? 俺ってそんなに信じられないか?」
突っ込んだ質問を続ける怜に、奏は睫毛を伏せた。と同時に胸の奥から迫り上がる、怒りに似たような心の嵐。
(男から見たら、私が中野から受けた心の痛みは、大した事がないのかもしれない。けど……だけど…………中野との一件で、私は男性不信になったんだ……)
奏は意を決してキッと顔を上げ、冷たい色に染まったように見える怜の目を睨みつけた。
「そんなに言えない事? とか、信じられない? とか、軽々しく口にしないで下さい!!」
奏の怒りを露わにした状態に、怜は動揺しつつ口を噤(つぐ)んだ。
「信じる者は救われる、なんて言葉があるけど、あんなの嘘! 信じるだけ無駄だし、信じる者はバカを見る!! これが私の中の定説……!」
一気に吐き出すように早口で捲し立てた言葉に、奏の息遣いが荒くなる。
「それに、葉山さん……お兄さんの婚約者でもある園田真理子さんと、かつての恋人同士だったんですよね」
奏は心を落ち着かせながらも静かに言葉を放つと、怜は目を大きく見開いた。
クールな奥二重の瞳が、瞬く間に焦りの色へと変化していく。
(彼女に見られていたというのか? それとも、偶然に話を聞いていたというのか?)
怜は奏に言われ、先ほどとは打って変わって心臓が暴れ出しそうなほど動揺している。
好きな女に何かを指摘され狼狽えるなんて事は、怜にとって初めての事だ。
(違う! 真理子はもう俺の中では既に終わっている事なんだ……!)
彼はこう言いたいが、彼女の表情が苦痛に歪んでいるのを見て、抱えている思いを嚥下する事しかできない。
「……聞いてたのか」
後悔を滲ませて顔を顰めながら、怜は小さく呟いた。
「創業パーティの後、帰宅前に化粧直しをするために、パウダールームへ行こうとしたら、お二人がいて……」
彼の眉間には深い皺が刻まれ、苦悶の表情を映し出した。
「結局……男なんてみな同じ——」
奏は肩を押さえたままの怜の手を、そっと振り解いた。
「……送ってくれて、ありがとうございました。それでは失礼します」
そそくさと助手席のドアを開け、小走りで自宅に戻る奏。
「音羽さん 待っ——」
再度、怜は腕を伸ばして奏を引き留めようとするが、あと少し届かず。
小さな背中が消えるのを、ただ見届ける事しかできない怜。
「……何でそんなに…………君は……」
両手で前髪を掻き上げると怜は拳を作り、ステアリングに苛立ちをぶつけた後、そのまま顔を伏せた。
***