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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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翌日、一花はこれまで届いた白い封筒をテーブルの上へ並べていた。
どれも差出人の名前はない。中に入っているのは、『一花ちゃんが好きです』『ずっと見ています』と、線の震えた歪な文字で書かれた紙だった。
向かいに座る俊介も、険しい顔でそれらを見つめている。
「やっぱり、警察に行こう」
「うん……」
「俺も一緒に行く」
一花は顔を上げた。
「でも、仕事は?」
「午前だけ半休取る。こんなの、一人で行かせられないだろ」
「でも、借金もあるのに……」
「仕事より一花の方が大事だよ」
迷いなく返され、一花はそれ以上何も言えなくなった。
春子も事情を聞くと、悠真の保育園への迎えは自分が行くから、二人でゆっくり相談してくるよう背中を押してくれた。
生活安全課の机を挟み、一花と俊介は警察官と向かい合った。
一花は、自宅の近くに黒いフードを被った男が現れたこと、それが職場にまで来るようになり、帰宅途中には後をつけられたことを順番に説明していく。
「それから、数日前からこれが……」
持参した封筒を差し出すと、警察官は中の手紙を一枚ずつ確認した。
一花が離れたところから、何とかスマホで撮影していた男の写真を確認したところで、その表情がわずかに変わる。
「……この人物ですね」
「はい」
警察官はもう一度写真へ目を落としたあと、少し言いづらそうに口を開いた。
「実は、この男性については、以前にも相談が寄せられています」
「以前にも……?」
一花の背筋に冷たいものが走った。
「ただ、現時点ではすぐに身柄を拘束できる状況ではありません。こちらでも相談記録を残して、ご自宅周辺の巡回を増やします」
「でも、この人……家の場所まで知ってるんです。もし何かあったら……」
隣に座っていた俊介が、身を乗り出す。
「俺、仕事で家にいない時間が多いんです。妻だけじゃなくて、子どももいるので……」
「ご家族にも戸締まりを徹底してもらってください。少しでも様子がおかしいと思ったら、迷わず通報を」
そう言われても、一花の不安は消えなかった。
むしろ、この男の得体の知れなさと危険性を思い知らされ、一花は身震いした。
警察署を出ると、一花は大きく息を吐いた。
隣を歩く俊介が、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「大丈夫?」
「うん。ついてきてくれてありがとう」
「当たり前だろ」
「仕事、本当に平気?」
「午後から行けば大丈夫。それより、一花に何かある方が困るよ」
その言葉に、一花はようやく少しだけ笑った。
警察にも相談した。俊介もこうして心配してくれている。それだけで、昨日まで一人で抱えていた恐怖が、ほんの少し軽くなった気がした。
家の前まで戻ってくると、玄関先に一人の女性が立っていた。
こちらに気づいた女性が振り返り、俊介がわずかに眉を寄せる。
「……母さん?」
「あら、ちょうどよかった」
俊介の母・和子だった。
「お義母さん、こんにちは」
「ちょっと話があってね……俊介もいるならちょうどいいわ」
アポもなしに来た和子は、当然のように二人と一緒に家へ入った。
春子は悠真を迎えに行っているため、家の中にはまだ誰もいない。
リビングへ入るなり、和子は室内をぐるりと見回した。
「何だか……古臭いわねぇ。俊介がこんな家に住むことになるなんて」
一花は何も言わず、三人分の茶を用意した。
和子は差し出された湯呑みを手に取ると、一口すすってから口を開く。
「それで、借金はまだ残ってるの?」
「はい……」
「そう。大変ね」
口ではそう言いながらも、和子の声には同情の色などほとんどなかった。
息子の借金だというのに、自分が何か力を貸そうという気もないようだった。
「そもそも、男が借金なんて作る前に、普通は妻が止めるものじゃないの?」
一花は膝の上で、そっと手を握った。
俊介が連帯保証人になっていたことすら、自分は後から知った。
それでも和子に説明したところで、聞く耳を持ってはもらえないだろう。
「妻の実家に世話になるなんて、肩身も狭いでしょうし。俊介がかわいそうだわ」
「母さん」
俊介が低い声で遮った。
「一花のせいじゃないだろ。俺が勝手に保証人になったんだから」
「別に、一花さんのせいだなんて言ってないわよ」
「言ってるようなもんだろ」
和子は不満そうに口をつぐんだ。
俊介は小さく息を吐くと、一花へ一度視線を向ける。
「それに今、一花はそれどころじゃないんだ」
「何よ、それどころじゃないって」
「知らない男につきまとわれてる。家の前だけじゃなくて、職場にも来てるんだ。変な手紙まで入れられて」
和子の眉がぴくりと動いた。
「……は?」
「今日、そのことで警察にも行ってきました」
一花がそう告げると、和子は目を丸くしたあと、呆れたように息を吐いた。
「警察まで? 大げさね」
「大げさじゃないよ」
「でも、本当に一花さんを狙ってるの? 思い込みじゃなくて?」
「母さん」
俊介が、咎めるように和子を呼ぶ。
「何度も同じ人を見ていますし、後をつけられたこともあります」
一花がそう答えても、和子は構うことなく続けた。
「変な人なんて今の時代いくらでもいるでしょう。毅然としていればいいのよ」
ため息をつき、責めるような目を一花へ向ける。
「俊介に余計な心配をかけないでちょうだい」
「母さん!」
俊介が声を強める。
「私は俊介のためを思って言ってるのよ?」
悪びれる様子のない和子に、一花はただ口をつぐんだ。
しばらくして和子が帰ると、俊介は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめん。母さん、昔からああいうところあるから」
「……俊介が謝ることじゃないよ」
時計を確認した俊介が立ち上がる。
「俺、そろそろ仕事行くな」
「今日くらい休んでもいいんじゃない?」
「午前だけって申請してるし。それに、少しでも働かないと」
一花は心配になったものの、俊介の気持ちも分かっていた。
「分かった。気をつけてね」
「一花も。何かあったらすぐ連絡して」
「うん」
玄関を出ていく背中を見送りながら、一花は胸の奥に残っていた不安を押し込めた。
少なくとも、自分は一人ではない。そう思えることが、今は何より心強かった。
コメント
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うん、読んだよ……第6話。 今回、警察に相談したけど「すぐには動けない」って現実の壁があって、でも俊介がちゃんと一緒にいてくれて、そこは少し安心できた。 それ以上に胸が痛かったのは義母・和子の言葉。何も知らないくせに「余計な心配をかけないで」って、一花の不安をまるで否定するみたいな言い方……あれ、ほんときつい。自分が味方だと思ってた人にまで理解されない恐怖、すごく伝わってきた。 「少なくとも自分は一人じゃない」って思えた一花の気持ち、ぎりぎりのところで踏みとどまってる感じがして、切なくて、でも少しだけ温かい。 続き、すごく気になるよ。