テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「……あ、これ死んだわ」
視界の端がチカチカと明滅し、心臓がデタラメなリズムを刻んでいる。
ここ数日間不眠不休、地獄のデスマーチ。
机に並んだ空の栄養ドリンク瓶は、もはや俺の命を前借りするための儀式の供物だった。
意識が急速に遠のいていく。
冷たくなっていく指先で握りしめていたのは、スマホの画面。
そこに映っていたのは、俺の最推し、リリアーヌの「断罪シーン」だった。
血の気の引いた顔で、民衆の罵声を浴びながら処刑台へと向かう彼女。
「せめて……お前だけは、幸せにしたかった……」
俺のような社畜と違って、画面の向こうの彼女には、もっと別の、温かな結末があってほしかった。
最後に漏れたのは、そんな独り言。
そのまま俺の意識は、底なしの暗闇へと沈んでいった。
────────────────────────────
────────────────────────
────────────────……
「──デューク様? デューク・フォン・アルビス様。起きていらっしゃいますか?」
深い眠りの底を揺り動かすような、透き通った声。
鈴の音を転がしたようなその響きに、俺はゆっくりと瞼を持ち上げた。
(……あれ、ここは?)
まず目に飛び込んできたのは、見たこともないほど豪華な天蓋付きのベッド。
そして、宝石を散りばめたようなシャンデリアが輝く、中世ヨーロッパ風の寝室だった。
慌てて跳ね起き、近くにあった姿見に駆け寄る。
「っ……?!誰だ、これ」
鏡の中にいたのは、二十歳前後の俺……ではない。
夜の帳を溶かしたような艶やかな黒髪、剃刀のように鋭くも精悍な顔立ち。
そして、深い青を湛えた瞳を持つ、見事なまでの美少年だった。
デューク・フォン・アルビス。
その名に心当たりがありすぎる。
俺が死ぬ直前まで狂ったようにプレイしていたラノベ原作のエロゲー『聖ロイヤル・アカデミー』。
その中で、主人公の引き立て役として序盤の5分で退場する、傲慢で無能な「噛ませ犬」のモブ王子じゃないか!
「デューク様、本日の公務の前に、婚約者様がお見えです。すでに応接室にてお待ちですよ」
控えていた侍女が、恭しく頭を下げる。
混乱で頭が割れそうだったが、俺は本能的に理解した。
死んだはずの俺は、推しのいるゲームの世界に
よりによってこの「詰みキャラ」として転生してしまったのだと。
俺はふらつく足取りのまま、侍女に促されて応接室へと向かった。
扉が開かれた瞬間、室内の空気が一変する。
そこにいたのは、燃えるような金色の髪を背中に流し、少し吊り上がった勝ち気な瞳を持つ少女。
リリアーヌ・ド・ラ・ヴァリエール。
原作では、そのプライドの高さゆえに周囲から孤立し、最後には全ルートで悲惨な処刑エンドを迎える「悪役令嬢」だ。
「……ご機嫌よう、デューク殿下。お加減が悪いと伺いましたけれど、お顔の色はよろしいようですわね。私との時間を無駄にしたいという『怠惰』の表れかしら?」
彼女は扇で口元を隠し、ツンと顎をそらして言い放った。
その言葉のナイフは鋭く、本来のデュークならここで
「生意気な女だ! 貴様などとの婚約は破棄だ!」と激昂し、二人の仲は決定的に冷え込むはずだった。
だが、 俺は見た。
扇を握る彼女の手が、かすかに、しかし必死に震えているのを。
彼女の瞳が、拒絶を突きつけながらも、どこか捨てられた仔犬のように潤んでいるのを。
俺は知っている。設定資料集の隅々に書かれていた彼女の「真実」を。
彼女は極度の人見知りで、緊張が限界を超えると反射的に言葉がキツくなってしまう
「不器用すぎるツンデレ」なのだ。
そして今、彼女のスカートのポケットが不自然に膨らんでいる。
あの中には、不眠不休で俺(デューク)のために刺繍した、不格好な「魔導守護の御守り」が入っているはずなんだ。
(……いや、待て。生で見ると破壊力がヤバい。何だこの可愛い生き物)
画面越しでは伝わらなかった、彼女の体温、必死な呼吸、そして不器用な優しさ。
そのすべてが、一気に俺の胸を直撃した。
社畜として心をすり減らし
画面の中の彼女を救いたいと願っていた俺の魂に、熱い衝撃が走り抜ける。
「……い……」
「な、なんですの。文句があるならはっきり仰ったら……っ」
俺は一歩踏み出し、彼女の小さな
震える両手を、包み込むようにギュッと握りしめた。
「……可愛い。天使か? いや、女神だ」
「め、女神……っ!? な、何を、急に……!」
「リリアーヌ! 決めたぞ。俺は今日から、君を幸せにするためだけに生きる」
「…………はぇ?」
驚きからか、リリアーヌは思考が停止したような表情だ。
さっきまでの勝ち気な仮面が剥がれ落ち、彼女の顔が、熟しきったリンゴのように一瞬で真っ赤に染まっていく。
ブラック企業で培ったのは、理不尽に耐える力だけじゃない。
一分一秒を争う現場で磨かれた「即断・即決・即実行」の精神だ。
遠慮? 羞恥心?
そんなものは納期と一緒にゴミ箱へ捨ててきた。
俺はこの溢れ出す愛を、一切の妥協なく彼女に叩きつけると誓った。
シナリオがどうした。破滅フラグがなんだ。
そんなゴミみたいな設定、俺の愛という名の重機ですべて粉砕して更地にしてやる。
「覚悟してくれ、リリアーヌ。君のことは俺が守ってみせるから……!」
「あの……デューク、様……? ど、どこか、本当に、頭を打たれたのでは………っ」
真っ赤になってオロオロする彼女を、俺は愛おしさのあまり抱きしめたい衝動を必死に抑えた。
こうして、噛ませ犬のモブ王子・デュークとしての
俺の運命改変劇が幕を開けた。
コメント
1件
今回も神作だ✨️ 楽しみにしています🎶