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懐中電灯で前方を照らしながら歩くこと数分。
四角いトンネルのような道を進んだ先に広がっていたのは、およそ十メートル四方の大きな部屋だった。壁や床、天井までコンクリートむき出しで、床には空になった木製の棚が寂しげにいくつも並んでおり、腐敗して崩れかけている。
部屋の右手側には大きめの流しのようなものが取り付けられており、その脇にも古めかしい書棚が並んでいたが、こちらもやはり空だった。もしかしたら、もともとこの書棚に例の魔術書などが収められていたのかもしれない。
左側に目を向ければ大きめの事務机に椅子、けれどこちらもやはり朽ちてボロボロになっており、カビ臭さとジメリとした空気の中で、寂しげな印象を僕は抱いた。かつてはそこに榎先輩のひいお爺さんが座り、魔法や医療の研究をしていたのかと思うと、人の一生ってのは何だか儚いもんだなぁと思えてくる。
「なんか、怪しさ抜群の部屋ですね」
興味津々といった様子で、真帆は部屋の中を見回している。
榎先輩も同じく辺りをきょろきょろしながら、
「こんな部屋なんかあったんだ……」
と恐る恐る部屋の中を歩いていた。
井口先生も興味深げな顔で、
「まさか、学校の地下にこんな隠し部屋があったなんてなぁ。秘密基地みたいでワクワクするな!」
とやはりのん気なことを言っている。
そんな中で、アリスさんだけが部屋の奥をじっと見つめ続けており、
「どうかしましたか?」
と僕は訊ねた。
アリスさんは目を細めながら、
「う~ん。私、目が悪いからあんまりよく見えないんだけど、部屋の奥から、わずかな魔力を感じるような気がするの」
「魔力?」
真帆はそう口にして、
「シモフツくん、奥を照らしてみてください」
言われて僕は奥の方に光が当たるよう移動した。
光に照らし出されたのは、薄汚れた布の掛けられた何か。
大きさは僕たちの腰よりも少し高いくらいで、シルエット的にはその昔、薬局や西洋菓子店の店頭に置いてあったという伝説のカエルや女の子のお人形といった感じだ。
「或いは本当に人の一部か何かだったりして」
そんなことを口走る真帆に、
「やめてくれよ」
と僕は注意する。
そんなん、シャレにならん。
けれど、自分の腕を切り落とすなんて所業を成した人だ。
絶対にないとも言い切れなかった。
僕はびくびくしながらも勇気を振り絞ってそれに近づく。
ふと後ろに視線を向けてみれば、他の四人はその場から動こうともしなかった。
固唾をのんで見守るばかり、というか僕は生け贄か何かか?
なんて思っていると、
「シモハライ、何かあったらあとは俺に任せろ。うまく誤魔化しておくから」
井口先生のその謎の言葉に恐怖を覚える。
「や、やめてくださいよ、そういう煽りは!」
と一応抗議してから、僕はその布を前にして一度呼吸を整え、心を落ち着かせてから手を伸ばした。
せえの、と心の中で勢いをつけて、一気に布をはぎ取って、
「――なに、これ」
そこに立っていたのは、一見すると歴史の授業でたまに見かける、遮光器土偶のような人形だった。
違うのは両腕が天秤のようになっているのと、足元がやじろべえのように尖っていて、どうやらスタンドに置かれた状態のようだった。
材質は何かの金属。触れた感じはひんやりしていて、懐中電灯の光を金色に反射した。
「お、なんか面白そうなもんが出てきたな」
「うわぁっ!」
唐突に横から顔を覗かせる井口先生に心底驚いて、思わず大声を出していた。
「急に出てこないでくださいよ!」
「あぁ、悪い悪い!」
なんて言いながら全然反省した様子がないのは真帆と一緒。
なんなんだ? 魔法使いってこんなやつらばっかりなのか?
「見たことないですね」
と井口先生のさらに後ろから、アリスさんも興味深そうに口にする。
その後ろから真帆と榎先輩も近づいてきて、それぞれ顔を近づけて遮光器土偶型やじろべぇ|(または天秤?)を矯めつ眇めつし、
「これ、動くんですかね」
と真帆が口を開いた。
「やってみるか」
井口先生は嬉々として遮光器土偶の身体をまさぐり、
「あったあった、ここだな」
と言って土偶の背中、小さなフタを開いた。
「楸、楾さん、虹か何か余ってない?」
「そんな急に言われても……」
と答える真帆に対してアリスさんは、
「あ、少しだけなら」
と肩から掛けていたショルダーから小さな瓶を取り出した。
中には虹色に輝く液体が波打っており、
「まさか、これが虹ですか?」
僕が訪ねると、井口先生は、
「そ」
と短く返事した。
それからその小瓶のフタを開けて、土偶の背中の穴に虹を注いでいく。
「さて、まだ動くかな?」
言いながら先生は土偶の背中のフタを閉じて、僕たちは様子を窺った。
待つこと数十秒、何ら変化はない。
「やっぱ壊れてる?」
と僕が口にしたところで、
ブーンブーン
不意に機械的な音と共に土偶が動き始めた。
土偶はその体全体がうっすらと輝き始め、ゆっくりとスタンドから浮き上がると、
『おはようございます、ドクター』
とどこからともなく声を発した。
「おおっ! すげぇ! しゃべるぞコイツ!」
いつになくはしゃぎ出す先生に続いて、
「面白い! 何ですかこれ! どうやって動いてるんですかね?」
と真帆も辛抱たまらんとばかりに土偶の体を激しくまさぐる。
土偶はというと、触られている感覚はやはり無いのか、意に介したような素振りもなくただ黙って宙に浮いていた。
「面白いなぁ。凄いなぁ。榎のひい爺さんは天才だな!」
テンション上がりっぱなしの井口先生が、榎先輩の方を振り返りながらそう口にした。
当の榎先輩はというと、こちらも驚いたように土偶をじろじろ見つめながら、
「こ、これ、何なの? ロボット?」
僕も同じような感想を抱いていたので、井口先生の方に顔向けてみたのだけれど、
「わからん」
突き放すような答えに僕も榎先輩も「は?」と思わず口にする。
「そんなもん、解るわけないじゃないか。こういうのはな、造った本人にしか何なのかわからんもんなんだよ。どうかしたら、造った本人すらよく解らないってこともあるけどな」
「――魔法使いは適当だから?」
と僕が訊ねると、
「魔法使いは適当だから」
と山彦のように返事した。
土偶はしばらく光を明滅させていたが、おもむろにくるりと横に一回転すると、
『空気の浄化を開始します』
と声を発し、次の瞬間、テープの早回しみたいな音が鳴った。
その途端、入り口の方からぶわりと突風が吹いてきたかと思うと、部屋の空気をごっそり入れ替えたかのように臭いが変わった。
続いて土偶は、
『採光の調整を開始します』
と再び声を発し、続けてあのテープの早回しをまた繰り返した。
ガコン、ガコン、と大きな音がしたかと思うと天井の一部が動き始め、その向こう側から光が差してくる。
よくよく見ればそれは薄汚れたガラスのような半透明の板で、どうやら外の明かりを室内に取り込んでいるようだった。
そののち、
『魔力の充填を開始します』
と発声したかと思うと自らその光の下へ移動して、
『点灯を開始します』
瞬く間に、部屋中の明かりがぱっと灯った。
『魔力の安定を確認』
それから僕や真帆、井口先生、アリスさんや榎先輩へと順番に顔を向けて、
『――魔力の照合を確認。ドクター、ご命令を』
と榎先輩のもとへとふわふわ移動していった。
「え、え、え?」
とうろたえる榎先輩。
「ますます面白い!」
と飛び跳ねんばかりに歓喜したのは井口先生で、けれど真帆もアリスさんも目を見張ってその土偶の様子を観察しながら、
「わたし、こんな子ほしいです!」
「すごい! かわいい!」
と似たり寄ったりな反応を示した。
かくいう僕もあまりにもハイテク?なこの土偶に興味を惹かれ、
「もう完全にロボットじゃないですか! 榎先輩をドクターって呼んでますけど、これは?」
「たぶん、ひいお爺さんから受け継いだ同種の魔力に反応してんだろう」
と井口先生は榎先輩に顔を向け、
「榎、こいつに何か命令してみろ」
「え、そんな、何かって言われても……!」
たじろぐ榎先輩。
「なんでもいい、三回廻ってワンと言え、とか」
「さ、三回廻ってワンと言え?」
『了解しました』
榎先輩の声に反応して、土偶はくるくる三回回転すると、
『ワン』
その途端、
「あっはははは! すごいすごい!」
「うふふ! かわいい! すごくかわいい!」
笑い転げる真帆と、手を合わせて腰を屈めながら土偶の姿をもっと間近で見ようとするアリスさん。
井口先生も笑いをかみ殺しながら、
「良かったじゃないか、榎。こいつはもう、お前のアーティファクトだ」
「あ、アーティファクト……?」
「高度な魔法技術で造られた魔法道具のことを、特別にそう呼ぶのさ。しかし、お前のひい爺さんマジで天才だな。この様子なら、もっと色々凄いものを開発してそうだな。こりゃぁ、全魔協の爺さま方も大笑いしながら狂喜乱舞間違いなしだ」
「は、はぁ……?」
そんな榎先輩の目の前で、次なる命令を待つ土偶。
それを見て、僕はふと思った。
「もしかして、こいつならひいお爺さんの腕を見つけられたりする?」
「……なんでそう思ったんです?」
不思議そうに首を傾げる真帆。
「だって、こいつは榎先輩からひいお爺さんと同種の魔力を感じて反応してるんでしょ? ってことは、逆にひいお爺さんの腕の魔力にも同じように反応するってことなんじゃぁ――」
「「「あぁ!」」」
と同時に三人が声を合わせて手を打ち、
「そうか、そりゃ確かにな」
と井口先生はうんうん頷き、
「そうね。試してみる価値、あると思う」
とアリスさんは微笑み、
「早速試してみましょう!」
と真帆は榎先輩の方に顔を向けた。
「なっちゃん、その土偶さんに命令してみてください」
「えっと、なんて言えばいい?」
首を傾げる榎先輩に、真帆は、
「そうですね、私と同じ魔力を持ったモノのところまで案内してくれ、で良いんじゃないでしょうか。なっちゃんのお父さんもお爺さんも魔法は使えないって話でしたし、だとしたら次に反応するのはひいお爺さんの腕くらいでしょうし」
「う、うん、わかった」
それから榎先輩は土偶に顔を向け、
「あ、あたしと同じ魔力を持ったモノの所まで、案内して」
『ドクターと同じ魔力を持つモノ――』
と土偶は声を発し、しばらくガーガー何かの音をさせていたかと思うと、
『魔力の発生源を特定。ここよりおよそ二百メートル先。移動を開始します』
言うが早いか、ふわふわと出入り口の方へ動き始めた。
「さぁ、行ってみましょう」
真帆がそう口にして、僕らは土偶のあとを追ったのだった。