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川野の泣き顔は可愛かった。
まだ私だけが表彰台に立っていた頃、普段よりも大きな大会があった。
川野は誰よりも意気込んでいて、みんなが帰った後も自主練をしていた。
私も稀にお供していた。
放課後。
夜。
日中の熱が嘘のように冷めた 静かなグラウンドに、乾いた土を蹴る音だけが響いていた。
跳ねた土が口に入る。
唇を噛み締める。
それでもなお、彼女は世界を睨みつけた。
そして、また足の筋肉に力を込める。
大会当日。
いつも川野は、がんばる。と笑顔で私に言ってから跳ぶのだが、その日は違った。
笑顔をしていても、どこか笑っておらず、不安が喉につまったように、彼女には珍しく、終始緊張が張り付いていた。
そんな大会がおわった。
私は3位。
川野は表彰台には立てなかった。
私は、川野が結果を知らされていた時の、彼女の顔を今でも覚えている。
あれは、怒りでも、悲しみでもないと思う。
無力さと、やり場のない絶望だ。
その後、興奮の熱が冷めた背中がぽつんと集会場に残っていて、私はそんなしおらしい姿を見つめていた。
他の競技もほとんど終わり、自分たちのテントに戻っていた。
川野と私は、おつかれさま。と顧問や先輩に労われた。
川野は笑顔で対応していたが、私にはわかる。彼女の胸からは、ごっそりと生気が抜けていた。
大会では、最後の種目である、リレーが始まった。
私の陸上部からは先輩が出るので、みんなフェンスに身を乗り出して応援していた。
会場を、声援が包み込む。
隅から隅まで、余すことなく、選手の熱気が埋め尽くす。
その中で、私は川野を見た。
泣いていた。
静かに声を殺して。
誰にも悟られぬように。
美しかった。
たった、一つの空間が切り取られたように。
場違いなほど美しかった。
しおらしく、かわいそうで、可愛らしい。
女々しく、ズルい。
今思えば、私は川野を見下していたのかもしれない。
だからこそ、彼女を超えられなくなった私は
今になってこう思う。
天才が泣くなよ。
愚かで、意地の悪い戯言の自覚はある 。
たぶん。
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