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第6話「無音の夢」/料金:無料(βテスト中)
草壁真(くさかべ まこと)、28歳。
職業:長距離トラックドライバー。
身長180cm、痩せ型。日焼けした肌に黒のキャップを深くかぶり、無精ひげを気にせず放置。
ほとんど誰とも会話しない生活を選んだのは、音が嫌いだったからだ。
クラクション、エンジン音、街のざわめき、人の声。
音に追われる日常から解放されるために、彼がたどり着いたのは──明晰夢だった。
【現在の明晰夢文化】
明晰夢は“感情管理”と“自己再調整”のツールとして、仕事や教育、医療の現場でも使われている。
一方で、「ただ静かに休むための夢」を求める声も増えていた。
メイセキム社が実験的に公開した夢が、それだった。
《無音の夢 -β版-》/料金:無料/制限時間:1時間
> ・音声認識ゼロ空間
・記憶内映像のみを再構築
・外部干渉不可
・完全遮音による睡眠誘導補助
「音がないってだけで、そんなに特別かねぇ……」
草壁はそう呟きながらも、予約ボタンを押していた。
車中泊スペースに身を沈め、旧型の夢用ヘッドデバイスを頭に装着する。
人工呼吸音が耳元で薄く鳴り、すぐにふわっと意識が遠のいていった。
最初に感じたのは、“無”。
風の音も、遠くの車も、心臓の音すらしない。
視界はうすい灰色。街のような場所に立っているのに、人も車もいない。
どこか懐かしい風景だった。昔住んでいた団地……のような。
音が消えているのに、怖くない。
むしろ、心の中のざわざわが消えていくようだった。
草壁はベンチに座った。
動くものも、誰もいない。空気さえ流れていない。
「……これでいい。なにもいらねぇ」
そう思った瞬間――
“カタン”
どこかから、何かが“落ちる音”がした。
思わず立ち上がる。
でも、音がしたはずの方向には誰もいない。
もう一度、ベンチに座ろうとしたとき──草壁は気づいた。
自分の影だけが、揺れている。
無音のはずの世界で、“音を持つ何か”が動いていた。
そのとき、夢のUI(情報パネル)が表示される。
> 【注意:異常反応検知】
【感情履歴に“音恐怖”が強く記録されています】
【遮音制御を一時解除し、処理中の記憶を再現します】
草壁の心臓が跳ねた。
「……やめろ。記憶はいらねぇ」
パネルは消え、代わりに子どもの頃の自分の部屋が現れた。
押し入れの中から、母親の怒鳴り声が響く。
壁の奥から、足音。
窓の外から、サイレン。
「──静かにしてくれって、言ってんだろ」
草壁は思わず叫んだ。が、声も音も出ない。
音が、夢の中で暴れていた。
目覚めたのは朝の6時。
車内のラジオから、小さな雑音が流れていた。
「……俺、叫んでたか?」
だが、それ以上に気になったのは、枕元に落ちていたメモ。
“また来てね。次は、もっと深くまで行こう”
手書きのような、震えた文字。
草壁はそっと窓を開けた。
朝の空気に耳を澄ます。
風の音。木の葉のざわめき。鳥のさえずり。
「……やっぱり、音があるほうが、生きてるって気がするな」
草壁はエンジンをかけ、次の街へ向かった。
《メイセキム。》注釈:
【無音の夢 -β版-】は現在、公開停止中です
感情干渉型データが強すぎた場合、夢内で“記憶音”が復元される現象が報告されています
明晰夢には個人の深層心理が反映されます。ご使用は計画的に