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「あ、そうなんだね」
看護師も研修や委員会やらで、業務が終わってからもいろいろ大変なんだなぁ……。
「ところで、先生たちはこれから飲みにでも行くんですか?」
楓ちゃんが私たちを交互に見つめ、ふふっと可愛らしく笑みをこぼした。
「そうなのよぉ。お洒落な小料理屋で乾杯――と言いたいところだけど、今夜は私、振られちゃったの。宮坂先生は愛しの旦那様とデートなんですって」
麗香は私をからかうように、わざと拗ねた表情を見せる。
「え? ……宮坂先生とデートですか?」
麗香の言葉を聞いた楓ちゃんは、一瞬だけ目を曇らせた。
「あ、うん。二人で食事に……」
私は楓ちゃんの表情を見つめ、ふと覚えた違和感に眉を寄せる。
「あっ。もしかして、心臓外科の宮坂先生の奥さんですか?」
一人のナースが思い出したように声を上げる。すると、他のナースたちも口々に続いた。
「そうだ。確か循環器内科に奥さんがいるって聞いた。」
「大学時代の宮坂先生の後輩だったとか。循環器の女医さんだし、あの宮坂先生の奥さんだから、もっとキツイ感じを想像してたけど……優しそうな先生だぁ」
先ほどまで遠慮がちだったナースたちが、急に目を輝かせ、物珍しそうに私を見つめる。
「……どうも、初めまして。主人がお世話になっています」
弾むような高い声が次々と飛び交う。
若さあふれる勢いに圧倒され、どう返せばいいのか分からず、とりあえず愛想笑いを浮かべた。
私の前へ集まったナースたちの隙間から、ふと気になって楓ちゃんの様子を窺う。
「本当に素敵なご夫婦ですね。羨ましいです」
覗き込んだ先にいた楓ちゃんは、いつもと変わらない晴れやかな笑みを向けていた。
……さっきのは、私の気のせい?
「……羨ましいなんて、ありがとう」
普段と変わらない愛らしい笑顔を見て、胸をよぎった違和感を打ち消すように微笑み返した。
「亜紀、早く行かないと殿様が待ちくたびれちゃうわよ。浅倉さんも今度一緒に飲みに行こうね。それじゃ、私たちはお先に失礼するわ」
麗香が私の袖をくいっと引っ張る。
そして、しなやかに手を振りながら、ナースたちへ麗香お得意の”綺麗なお姉様スマイル”を向けた。
「……あっ、そうだ。楓ちゃん、携帯のアドレス変えた? 数日前にメールを送ろうとしたら、送信できなかったの」
颯爽と歩き出した麗香を気にしながらも、楓ちゃんとすれ違いざまに足を止めた。
「ごめんなさい。前の携帯が壊れちゃって、機種変更したんです。アドレスを変えてから、亜紀先生にはまだお伝えしてませんでした。壊れた時にデータも消えちゃって……」
「あらら、それは災難だったね。それなら、また近いうちにアドレス交換しよ。今は急いでるし……今は携帯持ってないよね?」
「はい。携帯は休憩室です。……すみません、こちらからご連絡しなくて」
楓ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ううん、気にしないで。また時間がある時に病棟へ顔を出してよ」
私は軽く手を振って微笑む。
「はい、分かりました。ご主人とのデート、楽しんで来てくださいね。お疲れさまでした」
楓ちゃんは目尻を下げて微笑むと、麗香を追って歩き出そうとする私へもう一度会釈をした。
楓ちゃんに合わせるように、他のナースたちも頭を下げる。
「うん、ありがとう。またね、楓ちゃん。みんなもお疲れさま」
言葉を残し、「早く行くよ」と言いたげに足を止めている麗香のもとへ駆け出した。
「ねぇ。浅倉さんって、オペ室で亜紀の旦那と関わりあるの?」
ロビーへ続く中央階段に差しかかったところで、麗香が何の前触れもなくぽつりと口を開いた。
「え……? 楓ちゃんの話だと、オペ室に配属されて一年以上経たないと心臓外科のオペ介助には付けないんだって。だから、遼のオペも見学だけって言ってた」
「へぇ~。一緒に仕事はしてないんだ」
「うん、そうみたい。この前、遼に楓ちゃんの話をしたけど、『仕事を一緒にしてないから名前も顔も知らない』って。全然興味なさそうだった」
苦笑いを浮かべながら、麗香と階段を下りる。
「そうか……。確かにオペ室って帽子とマスクで目しか見えないからなぁ。……そう、見えないのに……」
麗香は何か引っ掛かる様子で呟き、眉間に皺を寄せた。
「麗香? どうしたの?」
私は窺うように親友の横顔を見つめる。
「……浅倉さん、男が変わった?」
「えっ? ……楓ちゃんの彼氏? 変わってないみたいだけど。病棟にいた頃の彼氏と、今でも仲良くしてるって言ってた。……何でそんなこと聞くの?」
首を傾げながら問い返した。
「浅倉さん、前と雰囲気が変わったのよ。メイクが全然違う。……っていうか、前はノーメイクに近いくらい薄化粧だったのに」
麗香の眉間の皺がさらに深くなる。
「……だから?」
「もう~、相変わらず亜紀は鈍いわね。女って、男でメイクを変えるでしょ?
顔の見える病棟でほとんどノーメイクだった子が、目しか見えないオペ室へ異動してから念入りにメイクをするなんて、何か引っ掛かるじゃない」
「引っ掛かる……? 」
何が?――と、小首を傾げる。
「オペ室の患者は前投薬や麻酔でぼんやりした状態なのに。
しかも、汗でメイクも崩れやすい場所。オペ室へ行ってノーメイクになるなら納得できる。でも、あの子は逆。……目力が全然違うのよね」
麗香は自分の推理に納得したように、うんうんと頷いた。
「メイクを変えるのが、そんなに意味のあることかなぁ。
確かに私も楓ちゃんを見て大人っぽくなったとは思ったけど……純朴で可愛らしい雰囲気はそのままだし。
目しか見えないからこそ、アイメイクに気合いを入れる……とか?」
相変わらず得意げな麗香の口調がおかしくて、思わずくすっと笑ってしまう。
「だとしたら、誰のために気合いを入れてるのか……。やっぱり引っ掛かるのよ。あの子の反応が」
麗香は首を傾げたまま、たどり着いたロビーの床の一点をじっと見つめていた。
コメント
1件
お疲れさま!第46話読んだよ〜。楓ちゃん、亜紀の夫(遼先生)と関わりあるのかな…ってヒヤヒヤした(汗)麗香の「メイク変わった」って推理、女としてめっちゃ納得。オペ室で目しか見えないのにアイメイク気合い入れてるって、確かに何かあるよね…。続きが気になりすぎる!今回もすごく面白かったです🔥