テラーノベル
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小学校6年の教室というものは、一度おかしなウイルスが流行りだすと、誰もそれを止められない。
「おい、見ろ! 一発でキメたわ!」
休み時間、斜め前の席で男子たちがストップウォッチを囲んで騒いでいた。画面に表示されている数字は【19:19】。それを見ただけで、周りの男子たちが
「うわあああ!」
「お前マジかよ!」
と、まるで奇跡でも目撃したかのように興奮して机を叩く。
「おい蹴介、お前もやれよ!」
話を振られた瞬間、大神蹴介の脳細胞が最速で『正解のリアクション』を弾き出す。
「うわっ、マジじゃん! すげえじゃんお前! おい、次オレに貸せ、オレは【45:45】狙うから!」
蹴介は身を乗り出し、大袈裟な身振りでストップウォッチを奪い取った。顔には、クラスの全員が安心する「いつものお調子者」の笑顔が、ミリ単位の狂いもなく張り付いている。
(くだらない。キモすぎる。ストップウォッチが汚れる。触りたくもない)
心の中では、激しい拒絶反応が渦巻いていた。胃の奥がキリキリと痛む。それでも蹴介の指先は、楽しそうにボタンを連打する演技を完璧にこなしていた。その様子を、如月翔は自分の席から冷めた目で見ていた。翔の視線の先では、別の「汚染」が始まっている。大人しい男子の賢太が、机の下に落ちた消しゴムを拾おうと手を伸ばした瞬間だった。主犯の崎岡夏太が、ハイエナのような目ざとさでそれを見つける。
「うわ、けんちゃん触ってる! みんな見ろ、けんちゃんが机の下で自分で触ってるぞ!」
「えっ、ちが、消しゴムを……」
顔を真っ赤にして縮こまる賢太。その瞬間、教室の男子たちが一斉にハイエナに変じる。
「うわー!」
「けんちゃん、昼間から元気だな!」
誰も賢太を庇わない。担任の教師は、プリントの丸付けに夢中でこちらを向けようともしない。注意する人間がいないこの教室では、夏太の言葉が『絶対のルール』だった。
(みんな、頭がおかしくなってる……)
翔は、引きつりそうになる口元を必死に抑え、周囲に合わせて「あはは」と乾いた笑い声を合わせた。昨日まで普通に歴史のカードゲームで遊んでいた友達が、今は下品な言葉を叫んでゲラゲラと笑っている。その変わり果てた姿を見るのが、悲しくてたまらなかった。夏太の悪意は、授業の中にまで侵食してくる。
国語の授業中、お題を後ろの席に伝える伝言ゲームが行われたときのことだ。前の方から回ってきたお題は「なでしこジャパン」だった。順番が夏太に回ってきた瞬間、奴はニヤリと下品な笑みを浮かべ、後ろの男子に耳打ちした。
「おい、次の言葉、2文字で区切って、2回ずつ言って回せよ」
それを聞いた男子たちの顔が、一瞬で卑屈に歪み、それから「ぶふっ」と吹き出した。なでしこ。最初の2文字を、2回。それが何を意味するか、この教室の男子なら誰でも察してしまう。言葉が汚されていく。日本の誇るサッカーチームの名前さえ、夏太の手にかかれば一瞬で下劣な道具に成り下がる。
給食の時間になれば、おかずのソーセージを見ただけでクラスのどこかからクスクス笑いが漏れた。夏太がわざわざ蹴介の席までやってきて、わざとらしい手つきでソーセージを口に運びながら、
「グチュグチュ……ネチョネチョ……」
と、粘り気のある嫌な擬音を耳元で囁いてくる。
「おい夏太! 食う時の音キモすぎだろ!」
蹴介はツッコミを入れ、周囲の爆笑をかっさらった。だけど、口の中のソーセージは、もう何の味もしなかった。ただの冷たい脂肪の塊を噛み潰しているような不快感だけが口内に広がる。
「なぁ、次は理科室行こうぜ」
昼休み、夏太が男子たちを率いて理科室へと向かう。目的は、教室の隅に置かれている人体模型だった。なぜかその模型の「大切な部分」には、大人の事情で茶色いガムテープが厳重に貼られている。
「おい、これ剥がしたらどうなってんのかな」
夏太がニヤニヤしながら、ガムテープの端に爪をかける。周りの男子たちが、息を呑んでそれを見つめる。
(やめろ。見たくない。本当に、気持ち悪い)
蹴介と翔は、群がる男子たちの背後で、完璧な「興味津々の笑顔」を浮かべながら、心の中では激しい吐き気に耐えていた。狂っている。この教室のすべてが、少しずつ、だけど確実に、底の抜けた泥沼へと堕ちていく。ガムテープを剥がそうとする夏太の手元を、男子たちが目を輝かせて見つめる中、蹴介と翔の視線が、一瞬だけ、人混みの隙間で交差した。お互いの瞳の奥にある、深い、深い、絶望の色。2人だけが、この地獄の中で、正気を保つために「狂ったフリ」を続けていた。
みずき
596
北底@一ヶ月女体化中
37
103
KIKU@ペア画中
207
コメント
1件
読了したわ。この「空気に流されないといけない地獄」、めちゃくちゃ生々しくて胃が痛くなった。蹴介と翔の、内心の吐き気を完璧な笑顔で隠す感じ、やばい。特にソーセージのシーン、ただの食べ物が不快なものに変わる描写がえぐい。あの「狂ったフリして正気を保つ」って状態、続きどうなんだろ…2人の視線が交差したとこで終わったのが気になる🔥