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第九章 見えない星
そういえば翔太は、
俺がいない間、星の話をしなくなった。
撮影の合間、照明を落としたセットの外に出ると、
夜の空気が思ったより冷たかった。
カナダの夜空は、無駄に広い。
街灯の少ない郊外で、ふと見上げた空には、日本では滅多に見ない数の、星が瞬いていた。
翔太なら、きっと喜ぶだろう。
そう思った瞬間、胸の奥が僅かに軋んだ。
翔太は、星が好きだった。
正確に言えば、星空を眺める俺を見ている時間が好きだった。
忙しい仕事の合間。眠れない夜。俺がいない時間。バルコニーから一人寂しく空を見上げる彼を幾度となく見てきた。
一度別れを迎えた俺たち。
彼が真っ先に向かった先は、プラネタリウムだった。
プラネタリウムに通っていると聞いたとき、
正直、少しだけ安心した。
星が彼を救い、見守ってくれているのだと、勝手な解釈で星に彼を託した。
プラネタリウムのエントランスに設置された七夕の短冊に翔太が書いた願い事は、自分じゃない人の幸せだった。いつだって彼は人に優しく、自分に優しくない――
「暗いとこ、落ち着くんだよね」
笑いながらそう言った翔太の横顔を、
俺は深く考えもしなかった。
——暗闇に、救われていたなんて。
あの頃の翔太は、
暗闇を見上げながら、
縋る思いで星空を見つめていた。
それでも、ちゃんと待ってくれていたんだと、
今になって思う。
それなのに。
いつからだろう。
翔太に星の話をしなくなったのは。
「今日はどんな星が見えた?」
そう聞く前に、俺は仕事の話をして、疲れた声で「おやすみ」を言っていた。
俺は、守っているつもりでいた。
離れていても、信じているつもりで、待たせている自覚もないまま。
離れて過ごすことで互いを強くするなんて都合の良い解釈で、彼を苦しめてはいないだろうか。
日常に取り残された翔太と、新たな挑戦に挑む俺とでは、随分と会えない時間の重みが違い過ぎていることに、この頃の俺はまだ、分からないでいた。
翔太の世界から、
星が消えていたことに、気づいていなかったのだ。
遠くでスタッフに名前を呼ばれ、
俺はもう一度、夜空を見上げる。
こんなにも綺麗なのに。こんなにも、残酷だ。
星は、変わらずそこにある。
変わってしまったのは——
それを一緒に見上げるはずだった、俺たちの距離だ。
翔太 side
あの日の暗闇も今日と似てた。
厚い雲に覆われて見えなかった。
蓮の大好きな星空を求めて、裸足で飛び出したあの夜を――
瞼を閉じると、あの夜に見上げたはずの空が、ひどく遠い。
星を探そうとすると、胸の奥が、きゅっと縮こまる。
いつからだろう。
見たいものじゃなくなったのは……
心が悲鳴をあげている。寂しさの箱が満杯になると、ベッド脇の狭い隙間に腰掛けた。
二月の寝室の床は冷たくて、いつもみたいに手繰り寄せた毛布の端を掴むと、薬指の指輪が寂しそうに月夜に光って、そっと外すとポケットにしまった。
どうせ蓮だって外してるし――
寝室に差し込む月明かりが、床に映し出されて、バルコニーに二人で寄り添って皆既月食を見たことを思い出す。
空を見上げればいつだって思い出す蓮のことを、今は無意識に避けてる自分がいる。
星なんてもってのほか。
瞼を閉じると、暗闇に攫われて幾分心が落ち着いた。
床の冷たさ。夜風が鳴らす窓の音が遠のく。
カチカチと鳴る秒針の音だけが現実世界に俺がいることを彷彿させた。
体が軽くなった感覚があって、愛しい人のやさしい声が遠くから聞こえて、ゆっくりと重い瞼を開けた。
コメント
4件
健気だなあ。 寂しいのだめなんて、本当に可愛いなあ、花凛さんしょぴ💙
