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いや、それはそれで悪くないんだけど。
結局、この一週間、私は五木に会いたいと思っているのに、それを素直に言えないでいる。
向こうから誘われるのを、ただひたすら待っている自分が情けない。
「……」
(…確か五木って駅前の飲食店で働いてたよね…?昼食がてら、行ってみてもいいのでは…?!)
(でも、そういうのって重いって思われるかな?)
そう考えると、スマホを持つ手が止まる。
けれど、何もしないまま、このまま時間だけが過ぎるのは嫌だった。
「……うん、別にいいよね。お昼ご飯を食べに行くついでだし!」
自分に言い聞かせるように声に出してみる。
よし、と勢いよく布団を跳ねのけ、着替えを始めた。今日はちょっと気合を入れて、でも「たまたま来た」感を出せるような服を選ぶべきだ。
黒のタートルネックに、白いロングスカート。上に薄手のグレーのコートを羽織る。自然体だけど、ほんの少しだけ「可愛い」を意識したつもり。
「これなら、重いとは思われないよね……多分」
髪を軽くまとめて鏡を確認し、肩掛けバックに最低限の荷物を詰めて家を出た。
駅前に着いたのは昼の少し前。
五木が働いている店の名前は「キッチン八木」。
和食がメインの、アットホームな雰囲気の店だ。
外から店内をチラリと覗くと、店の制服姿の五木がレジ横で忙しそうに動いているのが見えた。
髪をすっきりまとめた姿が、なんだか新鮮でかっこよく見える。
「……やっぱり帰ろうかな」
急に怖気づいてしまう。せっかく来たのに、急に恥ずかしくなってしまったのだ。
(いやいや、何しに来たのよ私!)
自分に喝を入れ、意を決してドアを開ける。
「いらっしゃいませ!」
店員の一人が元気よく声をかけるが、五木は気づいていない様子だ。
私は空いているカウンター席に座り、そっとメニューを広げた。
しばらくして、五木がようやくこちらに気づいたらしい。
目が合った瞬間、彼の表情がほんの一瞬だけ驚いたように動き、すぐに普段の無愛想な顔に戻る。
そして、こちらに近づいてきて小声で言った。
「お前、なんでここにいんだよ」
その言葉に、私は思わずムッとしてしまう。
「別にいいでしょ?お昼ご飯食べに来ただけだし」
「……まあ、せっかくだから、ゆっくりしてけよ」
少しだけ照れくさそうに言うその表情が、なんだか新鮮だった。
「うん、ありがとう」
メニューを選びながら、心の中でほんの少しだけ笑った。
やっぱり来てよかったかもしれない。
普段の五木とは違う、接客モードの五木。お客様に対して愛想よく笑っているその姿を見て
あんな表情もするんだ、と少し新鮮に思う反面、妙に胸がざわつく。
しばらくして、ふと五木の隣に立つ女の子に目が止まった。
少し背が低く、柔らかそうな雰囲気の可愛らしい子。その子が五木に何かを耳打ちすると、五木が小さく笑って「わかった、任せろ」なんて言っている。
(え……何あの距離感)
その瞬間、胸の中がもやもやで埋め尽くされた。
普通に考えれば、ただの仕事の会話だろうし、チームとして協力しているだけなのかもしれない。でも、あの自然なやりとりや親しげな雰囲気が、どうしても引っかかる。
(……別に、私が彼女なんだから、気にする必要なんてないよね)
そう自分に言い聞かせるけれど、目の端に映る二人の姿が気になって仕方ない。女の子が五木の袖を軽く引っ張って
「これ、どうすればいいですか?」と頼るような仕草をしているのを見て、つい箸を握る手に力が入ってしまった。
(なんであんなに親しそうなのよ……)
頭では分かっている。
バイト仲間だからだ。
仕事なんだ、職場なんだって。
でも心の中では、「私にはあんな明らかに優しくしてくれたことないのに」なんて、拗ねたような思いが湧いてくる。
五木がちらっとこちらを見た瞬間、私は慌てて目をそらした。
(……あー、私、なんでこんなに子供みたいなこと考えてるんだろ)
小さくため息をついて、冷めかけたお味噌汁を一口飲む。
すると、再び五木が私の席に近づいてきた。
「おい、どした。」
「え?五木…?どしたってなに……?」
「お前がわざわざここまで来るって、珍しいからな」
「た、たまにはね、こーいうところで食べるのもいいかなって思ったのよ」
慌てて取り繕おうとするけれど、五木はじっと私の顔を見つめてくる。
「…なんか用でもあるんか思ったが、本当に何でもないんだな?」
その低い声に、思わず言葉に詰まる。
(……こういうとこ、ズルいんだよな)
どう答えればいいか迷っていると、さっきの女の子が五木の肩をポンポンと叩きながら、「五木さーん、次のテーブルお願いします」と声をかけてきた。
五木は軽く私に「後で話す」とだけ言い残し、その子と一緒に行ってしまう。
私はそんな二人の後ろ姿をぼんやりと見つめながら、また胸の中がもやもやしてくるのを感じていた。
(……あとで話すって、ちゃんと時間作ってくれるのかな。バイト後じゃ疲れてるだろうに、迷惑、かけたかな)
不安と期待が入り混じった複雑な気持ちで、残りの食事を少しずつ食べ進めることしかできなかった。