テラーノベル
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奥深い森の中。
深緑色のフードを目深にかぶった一人の青年が先程仕留めた子鹿を片手に抱えて歩いている。知人へ差し入れとして持って行くか、近隣の村に持って行って物々交換の対象にするか……どちらがいいかと悩みながら、彼は薄暗い獣道を歩いていた。
「ん?」
鬱蒼とした木々の少し先に、開けた場所があるのが男の目に入った。太陽光が綺麗に差し込んでいて、薄暗い森の中なのに、そこだけがとても明るい。森を上から丸く切り取った様になっているその場所には芝生が一面に生えており、花も数多く咲いていてちょっとした楽園みたいだ。中心付近には上手い具合に倒木が横たわっていて、座るにはもってこいの状態になっていた。
前にこの付近を通った時には見付ける事が出来なかった空間だった。……というか、無かったような気さえする。いきなりそんな空間が出現する訳がないと普通ならば思いたくもなるだろうが、彼は違った。魔法の存在するこの世界では、ごく稀にある事だったからだ。
「粋な事をする者がいますねぇ」
ニッと笑い、そのスペースへと足を向ける。休憩するには丁度いい場所だ。彼的にはこれは当然の流れだった。
一歩、また一歩。新設された憩いの空間へと近づくにつれて倒木の奥に何かがある事に彼は気が付いた。目を凝らすとソレは、どうも人の足の様に見える。
(誰かが倒れているのか?まさか……魔物に襲われたとか?)
途端に不安になり、子鹿をその場に投げ捨てると、彼は一目散に走り出した。周辺を気にせず走ったせいで細い木の枝が体に当たり、頰を引っ掻く。それでも気にする事なく先へ先へと進むと、人が倒れている事を確信出来た。幸い周囲に魔物などの気配は無い。自力で倒した後、その場で力尽きたのだろうか。
(せめて、怪我だけで済んでいるといいのですが……)
不安になりながらも先へ進み、やっと開けたスペースに男がたどり着いた。
倒れている存在に近づき、声をかけるべきかどうするか悩みながらそっと倒木の奥を覗き込んで、彼は言葉を失った。
「……っ」
小さな体は見たことの無いデザインの服に覆われていて、まるで異世界の服装みたいだ。シンプルな顔立ちはとても鼻が低く、丸顔で子供っぽい。
(……もしかして、コレは……人間か?まさか……転移者、だろうか)
「おーい、生きていますか?」
倒れている少年の側に近づき、すぐ横で膝をつく。パッと見た感じ全く怪我したような様子はない。どうやらこの少年は気を失っているだけみたいだ。
その事に安堵はしたが、次の問題が発生した。この少年をどうするか、だ。
(転移者の人間ならば城へ連れて行くべきか?いや……城はマズイ)
だが見付けた以上放置も出来ない。鹿は諦めて、そのらへんの獣にくれてやるか。
本人に直接『何者なのか』『何処へ連れて行くべきか』を訊ければいいが、軽く頰を叩いてみても反応は無かった。
「……起きる気配はありませんね」
仕方なく、彼は倒れている少年を横抱きに持ち上げた。十中八九近隣の村々ではこの少年の情報を得る事は出来ないだろう。一番事情を知っていそうな者が居る城へは個人的な事情で向かえない。そうなると、向かう先はもう一つしかなかった。
白亜の神殿を目の前にして、深緑色をした長いローブを着込み、フードで頭を完全に隠した彼は、自信なさげな顔をして建造物を見上げた。
王族の住まう城並みに立派だが、豪奢な感じはない。白だけで統一された教会部分にはこの神殿が祀る神をイメージした石像がいくつも配置してある。建物の周囲には広い庭があり、巫女達の手入れがとても行き届いているのか、様々な種類の白い花が美しく咲いていて、来訪者の目を楽しませていた。
中に入るべきか、引き返すか。
糠喜びをさせてしまう訳にもいかず、少年を抱えたまま彼が躊躇していると、中から数人の巫女が入口へと出て来た。
「神殿に何か御用でしょうか?」
穏やかな笑顔で彼女達は微笑んだが、彼が抱える存在を見た瞬間、巫女達の顔色がすぐに変わっていった。
「ま……まさか、このお方は——転移者様では⁈」
「やはり、そうなのですか?」
口元を押さえて叫んだ巫女に対して一応再度確認する。
「あ、いえ……多分そうではないかと。この通り、このお方からは混じり気がほとんど感じられませんし、魔力も全くありませんから、きっとそうなのではないかと」
「すみません。私にも魔力があまり無いので、この子が『そう』であるかわからないんです」
魔力量を目視出来る巫女が男を申し訳なさそうな顔で一瞥すると「……失礼致しました」と頭を下げた。
「まずは中へお入りください。司祭様をお呼びして、色々確認もしませんと」
「ここで彼を引き渡して、私は帰っても構いませんか?」
無駄な事には関わりたく無い彼は駄目元訊いてみたが、答えはノーだった。
「いいえ。司祭様にお会い下さい。今の状況を直接説明して頂きたいのです」
あまり面倒事とは関わり合いになりたくないのにと、彼はガッカリした。でも断る事は出来そうに無いなと思い仕方なく頷く。
「こちらへどうぞ、応接間でお待ち下さい」
神殿の巫女達が先に歩き始め「ご案内致します」と彼に言う。 無言のまま案内に従い、少年を抱えた彼は、神殿へと入って行った。
案内された応接間のソファーに、そっと『転移者』らしき少年を寝かせる。サラサラとした美しい髪がクッションに広がり、彼は少年が同性だというのに見惚れてしまった。ここまで美しい黒髪を彼は初めて見た。派手な髪色をした者が大半であるこの世界では黒い髪の色はとても珍しい。それこそ、千年前、二千年前にも訪れた異世界からの転移者くらいしか黒髪の者がこの世界に現れた事は無く、この目で見る前までは物語の世界の存在だったのだから無理もない。
この少年は何者なのか。
彼が疑問に思いながらそっと頰を撫でると、ゆっくり少年の瞼が開いていった。その様子から視線を逸らせなない。
黒曜石を連想させる瞳はとても大きく、幼い顔立ちをより子供っぽく感じさせる。まだしっかり覚醒していないのか、少年は虚ろな眼差しを少し彷徨わせながら何度も瞬きをした。
「起きたのですね。体調に問題は無いですか?」
彼が問い掛けたが少年からの返事はない。まだ状況が掴めず、少年はどうしていいのかわからないみたいだ。
「私の名前はルナール。君の名前は?」
「……名前?名前……僕は、つく……も、九十九……柊也。そうだ、僕が柊也だ……」
額を軽く押さえ、柊也が何度も自分の名前を繰り返し呟いた。記憶を遡り始めたのか、段々と顔色が赤くなっていく。
ガバッと勢いよく起き上がり、柊也が絶叫した。
その様子にルナールはとても驚いた。だがそれと同時に、煩い——良く言えばイキイキとした柊也の姿に魅了もされていた。人と関わる事を極力避けてきた為、こんな激しい感情を見たのは初めての事だったのだ。
柊也の肩がプルプルと震え、血が滲みそうな程に唇を噛んでいる。悔しさを隠さず「うわぁぁ!」と叫びながら、今度は何度もソファーを叩いた。
「『人生』?一体何があったのですか?」
大げさな言葉の意味がわからず、ルナールが柊也へ問い掛ける。すると彼はピタッとソファーを叩くのを止め、周囲を見渡した。
「……此処、何処だ?」
怒りで赤かった柊也の顔が、お次は不安で一気に青くなっていく。コロコロ変わる表情は、ルナールにとって『とても面白い』と感じられるものだった。
クスクスと笑いながらルナールがフードを脱いだ。腰まであるチョコレート色をした髪を後ろで一本にまとめている。肌は透けるように白く、顔立ちはとても端正で唇は薄い。鼻はスッと整い、西洋風な顔立ちをしており、頭にはキツネの様な尖った獣耳が生えていた。
そんな彼を前にして、柊也は『この人は俳優だろうか?仮装なんかしてるけど、何かの撮影か?』と思いながらも、つい見惚れてしまった。
「ここはルプス王国にある神殿です」
ルナールの言葉を聞き、柊也が渋い顔をした。『この人は何を言ってんだ?』と顔に書いてあり、彼は笑い出したい気持ちになった。
(なんなんだ、この感情の読みやすい面白い生き物は!)
気分が高揚し、ルナールの口元が緩む。『少年を此処に置いて早く帰りたい』という考えは、もうすっかり彼の中から消えていた。
「トウヤ、貴方はもしかして『転移者』ですか?」
ソファーに座る柊也の手を取り、ルナールがそう訊くと少年は頰を赤らめた。美形に手を握られた経験が無く、同性だというのにイヤでも心臓が騒ぎ出す。そのうえ手の甲をスッと指で撫でられたもんだから柊也の体がビクッと跳ねてしまった。
「てん、てんいしゃ……医者の一種ですか?医学部へは行っていないので、違いますね。通っているのは文系の大学なんで」
柊也の言葉の意味がルナールには少ししかわからず、眉を寄せる。今度は『コイツは何を言っているんだ?』と表情で語った。
お互いに首を傾げあう。 何もわからない同士で困っていると、応接間のドアがノックも無く両面同時にバンッと勢いよく開き、壁にぶつかって壊れた。どうやらあまりにも勢いが強過ぎたみたいだ。
神殿中に響かんばかりの大声で問われ、柊也とルナールが同時に耳を塞いだ。肩でハアハアと息をし、白い司祭服が異常なまでに似合わない男性が一人、壊れたドアを背に立っている。
スキンヘッドに厳つい顔。はち切れんばかりの筋肉質なガタイは、純白の司祭服などでは無く、鎧を着込んで魔物退治か闘技場で闘う方が遥かに似合っている。
そんな男の存在に柊也は怖さを感じ、無意識のままルナールの手を強く握った。
一々声が大きくて、鼓膜に響く。
だが、確信を持った呼び声を聞いてルナールはそっと安堵の息をついた。『この少年を——柊也を連れて来るべき場所は、この神殿でも問題は無かったみたいだ』と。
「何?何のこと?何言ってるの?誰、貴方達!」
状況が全く理解出来ず、柊也が困惑を隠さず声を上げた。
「私の名はウネグ。この神殿にて司祭をしています。長年貴方様の来訪を心待ちにしておりました」
ウグネと名乗った者が胸に手を当て、柊也に向かい頭を下げる。
「此処へ貴方様がいらしたという事は、レェーヴが上手い事やったのですな!あやつは完璧主義な上に理想が高く、しかも遊び好きといった大変困った奴ですから一番期待していなかったのですが……戻ったら褒めてやらねばなりませんな」
はっはっは!と、ウグネが豪快に笑う。だが状況が全く読めない柊也は、ウグネに釣られて笑う事など無く、狼狽する心を隠さずに「誰か一から説明して下さい!」と叫んだのだった。
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