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「ハッピバースデートゥー・ユー♪。ハッピバースデートゥー・ユー♫。ハッピバースデーディアももか〜♪。ハッピバースディトゥー・ユゥー♪。…って。…姉ちゃん遅いなぁ。……って言っても、まだ11時だしな…」
静まり返っているダイニング。クリスタル調のローテーブルには姉が大好きな、ロースト・チキンと、ツナポテサラダと、タコ焼きと、イチゴをコレでもかとばかりに盛ってもらったバースデーケーキが鎮座している。それを眺めながら俺は独唱した。本人が不在でも…今夜中に歌いたかった。
今日は秋が深まる11月の第2金曜日。友人たちの頼みで合コンに行くとは聞いているのだが、DMに既読も付かないとはけしからん。まぁ大学生ともなると友達の輪や世間への視野などが格段に広がるだろうし、未知なる世界を覗き見ることだってあるだろう。いくら恋人になったからって、俺みたいなガキの相手なんて退屈に思えても仕方ない。姉は大人なのだ…
『トゥル。トゥルルルル。…トゥルルル。…トゥルルル。…トゥルルル…。(出ないなぁ。いつもならスリーコールで必ず出るのに。…う〜ん…)』
とは言え心配なのは当然なので、俺は電話をかけてみた。ちゃんと呼び出しはしているのだが姉はなぜだか出てくれない。飲み会が盛り上がっていて呼び出しに気付いていないのかも?。そもそも歌うことが大好きな姉のことだ。もしかしたらカラオケボックスで熱唱しているのかも知れない。
「…もう12時になるなぁ。…相変わらず既読も付いてないし、もう一回電話してみるか。……。…………。…………。…………。…。あれ?切られた?。折り返しかけ直す気かな?。………………………………………?。…来ないなぁ。」
こんな事は初めてだった。俺から電話をかけてタイミングが悪いと、姉はいつも留守電に切り替える。呼び出し中に切られたことは一度もなかったのだが、これで俺から着信が来たことは解った筈だ。だが俺のスマホは当然のように沈黙している。…これは!…最悪のケースじゃなかろうか!?
「……………。(姉ちゃんはいつも…催涙スプレーや緊急ブザーや小型のスタンガンを持ち歩いてる。もしも襲われたとしても反撃はできるはずだ。しかも運動神経も悪くないし。だとすれば…まさかアレの最中だった!?)」
ひとつひとつの出来事を慎重に振り返ると、全ての辻褄が合ってしまう。ムードが良くなっている時にスマホを見る女性はまずいないだろう。そして1回目の電話が鳴っても出なかったのは…男と二人でシャワーを浴びていた可能性がある。そして2度目の着信を切られたのも…合体している最中で邪魔だったからだと考えると合点がいく。…つまり二股されている?
「……桃華ねぇちゃん。…昨日はあれだけ悶えまくっていたクセに…今日は他の男とかよ。…まぁ…あんだけ幼い顔してるのに……身体はめちゃくちゃエロいもんなぁ。…しかもセックス大好きだし。…はぁ。…ガチに惚れてたのは俺だけってわけね?。…くそっ!帰ってきても!無視してやるっ!」
俺にとってこの上なく最悪なシナリオだった。なんど頭の中で否定しても俺の妄想と姉のスマホの反応が合致してしまう。悔しさと怒りと悲しさと虚しさとで発狂しそうだ!こんなにも愛した女性はいないとゆうのにっ!
それは二年前の今日、このダイニングで二人きり、姉と俺の誕生日を祝った直後に、どちらからともなく唇を重ねた。互いの思いを告げて素肌を晒した。風呂場で初めて繋がった時の…彼女の笑顔と涙は今でも忘れない。それも今日で終わりだ。生涯共にいると誓いあったのに…耐えられない。
「………う。…ん。…あれ。あのまま寝ちゃったのか。あ。(…料理もケーキもそのままか。結局ねぇちゃん…帰ってないんだな。…アタマ…痛いし…)」
ダイニングのソファーに腰掛けたままで俺は眠っていたらしい。背中や首が少し軋んだ。何気に時計を見ればもう午前9時だ。姉の為に用意していたシャンパンを呑んだせいで爆睡してしまった。しかも寝覚めが最悪だ。
今日は土曜日だし早めに出かけようかと思案する。大学への進学を拒否した俺は隣町の焼き鳥屋でアルバイトをしている。姉との将来のため、学歴よりも手に職を着けたかったのだ。今も一人前の調理人を目指している。
ジャンルを問わずに料理の腕をコツコツ磨いて、いつか自分の飲食店を持つ。経営は大学で専攻している姉に任せて、俺は旨い料理を提供したい。姉と二人で地に足が着いた生活を過ごせれば、俺はそれだけで良かった。しかしそんな夢も昨日限りだろう。俺は心が狭いから…修復は不可能だ。
「…………。(ちょっと早いけど…バイトに行くか。…これは姉ちゃんに片付けさせてやる!。…あーもうっ!。二人の誕生日だったのに何やってんだよ?桃華はっ!?。……………………。スマホの電源、切ってやがるしっ!)」
こんな激昂は生まれて初めてだ。裏返せばそれほど…あの二股女に惚れ込んでいた証だろう。笑顔が可愛くて甘えん坊で、泣き虫で照れ屋なくせにドスケベで。俺にとっては最高の恋人だったと思う。できることならやり直してもみたい。このまま帰りを待って、顔を見て話せば許せるのかも…
しかしここで彼女の不貞を許せば、俺は俺を産み捨てにした女さえ許すことになる。何人もの男たちの公衆便所になって孕んだ挙げ句、腹の中の俺を殺すに殺せなくて…その女は駅のトイレで産み落としたらしい。巻かれていたのは血のついた下着と新聞紙。コインロッカーの中で発見された。
「……まぁ。こんなもんだよな。…ねぇちゃんにとって俺は玩具だったんだよ。たけど…パパさんにもママさんにも助けられているんだし、アイツを責める訳にもいかないか。…もう…知らん顔してやり過ごしてしまうか?」
男と女なんて所詮は別の生き物だ。どちらも人類に含まれてはいても、見解や思考や感性が全く異なるらしい。そして性別的に、見た目も特徴もぜんぜん違うのだから、分かりあえないのは無理もないと思う。だから俺はもう、獅子神桃華《シシガミ・モモカ》には絶対に触れない。もし笑いあって話したとしても立て前だけだ。既に…俺が護るべき女ではないのだ…
「……。(メモも置いてきたし…あとはねぇちゃんの好きにすればいいさ。でも…俺はもう許さないからな?。誰かの女となんて…絶対にイヤだ…)」
俺は乗り慣れた黒いローライダーに跨った。このアメリカン・タイプのゴツいバイクは姉の趣味だ。16歳になってすぐの頃に中型免許を取って、少し背が高い俺によく似合うとか言われて初めて購入した中古車だ。そして初めての遠乗りも後部座席には姉がいた。春の陽の下で背中に圧しあたる彼女の弾力に、涼しい顔をしながらも俺の欲棒は痛いほどに勃起した。
「…………。(俺が初めから、ねぇちゃんのことをエロい目で見てたからこうなったのかもな?。…はぁ。今すぐ会いたいけど…もう会いたくない気もするし。…恋人の浮気を許せる男って…すごく心が強いのかもなぁ…)」
情けなさと悔しさと…僅かばかりの愛しさとで、俺の頭の中がぐちゃぐちゃだ。別れを決めたとゆうのに…なぜだか思い出してしまう姉との初めてのセックス。風呂場で互いの肌を流して…姉はそのまま俺の腰を跨いだ。
亀頭が押し返される程に狭かった彼女の膣は、凄く熱くてヌルヌルだったのを今も覚えている。俺の肩に両手を置いて、ゆっくりとお尻を下げた桃華。びくんびくんと全身を震わせ、形の良い乳房を弾ませながら、奥の奥まで迎え入れてくれた時の美しい笑顔が忘れられない。まだ愛している。
「あーもー!獅子神獅子《シシガミ・レオ》!しっかりしろっ!。今はとにかくバイトだ!。土曜日なんだから仕込みは山ほどある!。行くぞ!」
使い古した黒いフルフェイスなメットを乱暴に被ると、俺は大声を張り上げて自分に言い聞かせた。二股をかけている姉がいないこの場で、話し合うことせず、何もかもを俺一人が決めるのはフェアじゃないだろう。とにかく今は考えを切り替えて…もっと冷静になろう。そう!…冷静に。だ!
俺は小さく息を吐いてエンジンキーを回す。ドッ!ドッ!ドッ!と、腹に響いてくる重低音なエンジンの音とその振動が心地いい。そうだ姉は大学生なのだ。学ぶ事も大切だが遊ぶことも大事な時期なのだとも言える。そして、オレ以外の男とセックスをするのも…大学生な彼女の選択のひとつなのだ。いつもいつも俺とばかりじゃ…もう嬉しくなくなったのだろう。