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オーストリアのウィーンでの侑の生活は慌しく、自宅の遺品整理などに追われていたが、四月中旬、恋人の島野レナがオーストリアへ移住し、彼の自宅から徒歩十五分ほど離れたマンションへ引越ししてきた。
『ねぇ侑。私のマンションで一緒に暮らさない?』
『いいのか?』
『だって、遠距離恋愛でずっと離れていたんだもの。もうそろそろ一緒に暮らしたい』
五月に入り、侑とレナは同棲を開始。
二人とも演奏家という事もあり、地元の人たちに向けた音楽教室を開く事にした。
インターネットでピアノとトランペットの生徒募集の広告を出してみると、予想以上の反響に、二人とも驚きを隠せない。
彼はドイツ留学時代に国際コンクールでの受賞歴やCDも数枚発売している事で、オーストリアや近隣諸国でも侑の知名度は高い。
また、レナもピアニストとして名前が知られている。
月水金はトランペット、火木土はピアノのレッスンを行うようにして、二人のオーストリアでの生活は順風満帆かのように思えた。
同棲して半年後、侑が自宅近くの楽譜店に行った時の事だ。
生徒用に楽譜を探している時、聞き覚えのある女の声と、男の声が近くで聞こえてきた。
(あれは……レナの声か?)
楽譜棚に身を潜めるように、声のする方を見やると、楽譜を手に取って寄り添いながらページを捲り、侑も見知ったオーストリア人とレナが一緒にいるのが見えた。
ドイツ語で会話している二人は、レナの方が甘ったるい声で男に囁いている。
(あの男…………トランペット奏者のシュナイダーではないか……)
シュナイダーとは、コンクールでも何度か一緒になった事があるが、あの二人が、どのように接点を持つようになったのか、侑は気になった。
(もしかしたら、俺が日本にいる時から……関係があったのか?)
このまま問い詰めたい気持ちが沸々と湧き上がるが、確信を突く事に躊躇った侑は、そのまま楽譜店を出た。