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「……ん、戻ってきたの?」
目を開けると、そこに広がっていたのは、私達が訪れた教会の景色だった。何一つ変わっていない、空気もまだ澄んでいるそこで、目を覚まし身体を起こした。
やはりあの空間は界外とは隔絶された空間だったらしく、隔離された教会は言うまでもなくボロボロだったが、こちらは傷一つついていなかった。
「……ヒッ」
身体を起こし立ち上がろうとしたとき、何かに足を取られ転んでしまう。するとべちゃっと何かが跳ねる音がし、私は広がっていた光景に絶句する。何故今まで気づかなかったのか不思議なぐらい。
(……え、え、これって、血?)
私の目の前には、血の海が広がっていた。私が足を取られたのも、その血の水たまりだった。よくよく目を凝らせば、周りにはゾンビのような人達が倒れており、身体から大量の血を流しことぎれていた。
元の姿に戻ったはいいが、助からなかったのだ。あの肉塊を切り刻んだせいか、それが元の空間に戻ってきた時、死亡扱いになったようだった。もし知っていたらブライトもグランツもこんなこと出来なかっただろう。だが、自分たちの命がかかっている上で選択なんてしている余地はないといったらそれまでになるが。
(……うっ、吐きそう)
こんなにも悲惨な光景を見たのが初めてで、吐き気がこみ上げ私は口元を覆った。この人達は罪はないかも知れない。でも混沌を信仰していたかも知れない。どういう風に生きて、どんな風に洗脳されていたかは分からないが、洗脳された時点でもう後戻りできない状態だったのかも知れないと。幾ら考えても答えは出なかったし、悔やんでも悔やみきれない。
こうなることが分かっていたから、ブライトは私を光の立方体で休んでいるようにと魔法をかけたのだろうか。自分たちの手は汚れてもいいからと。そこまで配慮してくれていたなんて気づかなかった。そして、あの肉塊を切り刻むと言うことは、多くの命を奪うことだと気づいていた。
グランツはどうだったかは覚えていないが、少なくともブライトは覚悟を決めたようなかおをしていた。
(……気づいていれば、何か出来た? ううん、絶対に出来なかった)
私が気づいていたとして、きっとあの肉塊を壊す、切り刻むと言うことは出来なかっただろうと思う。そうしたら、あの人達は死んでしまうし、自分が命を奪うことになってしまうから。だから、足がすくんで何も出来なかったのかと。
「うっ……うぅ」
「エトワール様」
涙がこみ上げてきて、どうしようもなくなったとき、ふわりと後ろから誰かに抱きしめられた。
「ぐ、ぐら……」
「護衛の身分で、無礼を許して下さい」
懇願するような、出も何処か私を安心させようと慰めるような声で言うグランツ。先ほど、神父にとどめを刺した男とは思えない優しい声色に、私の心臓はゆっくりと速度を落としていく。背中越しに伝わった体温が温かくて、身を委ねてしまいそうになった。
グランツもこうなることが分かっていたのだろうけど、剣を振るっていた。それが正しいことなのだろうけれど、彼の手は……
そう考えると、やはりもやもやっとしたものが影をさす。
「グランツ……」
「はい」
「グランツは分かっていたの?あの肉塊を殺すって言うことは、さっき操られていた人達の命を奪うって事……分かってたの?」
「……はい。肉塊に取り込まれた時点でもう自我はありませんでした。ですが、大勢の命を奪うことになると言うことは理解していました」
「なら、何で……」
何で、と言うのも可笑しな話だ。自分は守られていて、手も汚していないのに、助けてくれた人に対して言う言葉ではないと。頭では分かっているけれど、聞かずにはいられなかった。どういうつもりで、どんなことを考えて剣を振るっていたのか。
「俺は貴方の剣です。貴方を守る為にいます。貴方の手が汚れないために」
「だから、自分は手を汚すの?」
「エトワール様はみなくていい。辛かったら現実から目を背けて下さい。こんなもの、見る価値もない」
死んだ人に言う言葉じゃないんだろうけど、護衛としてそういう言葉をかけるのが正解だとグランツは思ったのだろう。何とも微妙だけれど、此の世界では正しいのかも知れない。だって、暗殺者を生きては返さないだろうから。そういう風に考えたら仕方ないこと……なのかも知れないけれど。今回の場合は、まだ洗脳されていただけであって。
(……洗脳が解けるって勝手に考えていたけれど、魔法をかけた相手は陰湿な)
そこまで考えて、あの洗脳魔法をかけた相手が、性格が悪いことを思い出した。私の考えている人物で合っているとするのなら、私達の心を抉るようなやり方を考えるかも知れない。
仕方ない。そんな言葉で片付けてはいけないけれど、今回の場合目を背けさせて貰う。
「……そう、ありがとう」
「はい、エトワール様」
グランツは静かに頷いた。
思えば彼は、あの人達が肉塊になって取り込まれる前は、配慮して峰打ちなどし、気絶させていたのだ。だから、グランツは責められる対象ではない。グランツなりに考えた結果がこれだったと言うだけの話だ。にしても、ブライトは兎も角、グランツがあの状況で瞬時に様々なことを理解できたのは相変わらず凄いと思う。一時期解雇したことが……護衛を変わっていたことがあったけれど、本当に優秀だと思った。
「……がっ、ぐ…………」
そんな低い呻き声が聞え、私は視線を声の方向へ移す。グランツは一旦私から離れると、鞘から剣を抜き声のする方向へ近付いていく。そこに映ったのは神父だった。四肢から血を流し、這いつくばるようにして顔だけブライトに向けている神父の姿がそこにはあった。
「貴方たちは、こんなことをして……本当に女神を信仰するものなのですか」
「貴方に言われたくありません。神父……貴方はおかしてはいけない罪を犯しました」
「……くっ」
ブライトは冷ややかに神父を見下ろしそう言葉をかけた。おかしてはいけない罪というのは、あの洗脳のことだろうか。彼がかけていないとはいえ洗脳魔法によって罪のない人達が、人を襲うように仕向けたのは本当に法に反するのではないかと思った。闇魔法に法が存在するのかは別として。
しかし、先ほど殺されたはずの神父が生きているのが不思議だった。確かに、虫の息ほど治癒魔法をかけてもどれだけ治せるか……と言ったぐらい瀕死状態なのに、無様に生きようとしている姿が滑稽だった。彼が死んだとて。先ほどの人達が救われるわけではないのに。
「皆可笑しくなっているんですよ! 災厄が貴方たちの未来の皇帝の手によって引き起こされた! こうなっているのは、貴方たち、光魔法の者達のせいだ!」
「だから、こんなことを? 馬鹿げているとは思いませんか」
「私は、悪くない。私は悪くない!悪いのは此の世界だ。自由に生きて何が悪い、私は金と怠惰に生きると決めたのです!」
「…………」
言っていることが支離滅裂で、救いようがないと思った。こんな神父にあの人達は利用されたのかと思うと怒りがこみ上げてくる。元からそういう思いで神父をやっていたのか、自分で言ったとおり災厄によってそういう心が増幅された結果なのかよく分からない。でも、欲望にしたがっていきて、今回の事件を起こした神父を許すわけにはいかなかった。
(でも、まだ死んで貰っちゃ困るのよね)
自分でも性格の悪さが滲み出てるな、と思いつつ私はゆっくりと神父の方に近付いた。神父は身構え、私を睨み付けたが、私はそんな睨みには臆さなかった。
「この教会に、トワイライトが出入りしているって聞いた。それは本当なの?」
「はっ、偽物の聖女様ですか、愚問ですね。答えるわけがありません」
「……答えないと、どうなるか分かってる?」
脅しのつもりだった。でも、神父には聞いていないようで高笑いをするばかりだった。見下し、嘲笑する。何がそんなに可笑しいのか分からなかった。
「どうせ、殺されるのなら、言わなくても良いでしょう! それに、本物の聖女様はこちら側だ、貴方たちに勝ち目はない! 早々に諦め、我々に下るのです!」
「トワイライトは、そんな子じゃない」
私は必死に叫んだ。
トワイライトは混沌の手に堕ちたかも知れないけれど、本当にいい子だし、必ずこっちに戻ってきてくれると思っている。だから、神父に何が分かると、私はそう言いたかった。
「けれど、まあ、偽物の聖女様を混沌は探していましたね。貴方を混沌の前に突き出せば、私も――――ッ!?」
「……え」
そう言って、神父が私に手を伸ばし詠唱を唱えたときだった。ドサリと、神父の「首」が床に転がる。
「……う、え、嘘」
「はぁ~汚い奴がエトワールに触れようなんて、ほんと罰当たりにもほどがあるよね。死んで当然だよ」
「アンタ……」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、私の目に飛び込んできたのは、くすんだ紅蓮の髪だった。
「この間ぶり、エトワール」