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「和樹」
和樹は私と、隣に立つ先輩を見て目を見開いている。
「透子、誰それ」
冷たい声で聞いてきた。
「和樹、こちら礼央先輩。礼央先輩、こちら私の叔父の和樹です」
私は2人を紹介した。
「初めまして。宮本礼央です。透子さんとお付き合いさせて頂いています」
先輩が和樹に向かってお辞儀する。
「・・・は?お付き合いって何だよ」
低い声。明らかに怒っている。
「宮本ってアレか、この間のLINEの奴か」
先輩の事を指差しながらそう言った。
私のスマホを勝手に見られた時の事を言っているのだろう。
「透子、ホントか?コイツと付き合ってんの?」
和樹は私に詰め寄って来た。先輩と繋いでいない方の腕を掴まれる。
「私、礼央先輩と付き合ってるよ。礼央先輩の事が好きなの」
私のその言葉の所為で、和樹の怒りはヒートアップしたようだ。掴んだ腕を自分の方に引き寄せる。先輩から私を奪い取ろうとする様に。
「何言ってんの?透子は俺のでしょ。勝手に他の奴好きになるなよ」
「和樹こそ、何言ってるの?」
私は驚いた。『俺の』とは何だろう。私は、誰かの所有物になった記憶は無い。
「あの、叔父さん。手、離してください。それじゃあ透子ちゃん痛いと思います」
先輩が和樹に向かってそう言う。
「お前の方が手離せよ。俺の透子に触るなよ」
和樹は、言いながら先輩の肩を押した。強く押した為、先輩の自転車が倒れる。それでも手は離さないでいてくれる。
「やめてよ和樹!」
私はそう言って和樹を睨んだ。すぐに手が出るのは知ってる。でも、それが家族以外に向くのはダメだ。何かがあった時庇えない。
「透子まで、俺の事悪者にするのかよ」
「そうじゃない」
和樹が私の腕をますます引っ張り、私を捕まえる。左腕でガッシリと抱き込まれた。そして、右手で先輩の手を掴んで引き離す。
「痛っ」
先輩は、離すまいと力を入れたが、私のその声を聞いて力を抜いてくれた。離れて行く、先輩の手。
「どこまでやったんだよ」
和樹が先輩に聞く。
「・・・え?」
よく理解出来ずに固まる先輩。和樹は、畳み掛けるように言った。
「俺が、透子が大人になるまで待ってんのに、手出したんじゃねーのかって聞いてんだよ!」
「何言ってんのよ和樹、やめてよ」
私は、気持ちが昂って涙が出て来た。
「透子は黙ってろ!」
大きな声で怒鳴られて、私は体が強張った。
怖い・・・、やめて・・・。
「・・・ス、しました・・・」
先輩の、少し震えた小さな声が聞こえた。
「あ?」
「・・・スしました」
聞き返されて、少し音量が上がった。先輩は俯いていて、両手を握り締めている。体の横にある両方の拳が震えている。
「聞こえねーよ。はっきり言え」
和樹がそう言った時、先輩は顔を上げた。赤らんだ顔は怒りの形相。目には戸惑いが見える。「だって叔父さんだろ?」そう訴えている様に見える。
「『キスしました』って言ってんだよ!」
言い進むに連れて音量が上がっていった。私の目から涙が溢れた。
先輩が、私の為に大きな声を出してくれた。和樹の前で。
それを、嬉しいと感じる心がある。涙が止まらない。
「んだと!ふざけんな!」
和樹の腕が緩んだ。私を解放して、先輩の方に足を踏み出す。
「・・・やめて・・・」
掠れた私の声が虚しく響く中で、和樹が先輩を殴っていた。一発殴ると、殴られた方と反対側の足を後ろに出して踏み留まる。すかさず二発目を反対側から繰り出すと、先輩の口から血が吹き出し、後ろに吹き飛び倒れた。
「礼央先輩!」
私の口から悲鳴の様な声が漏れた。
やめてやめて、こんなの酷すぎる。誰か、助けて・・・。
その時、反対側の歩道で誰かが動いた。その人が、こちらの惨状に気付いて駆け寄って来る。
・・・誰?
私がそう思った時、その人に向かって、空から何かが一直線に急降下して来た。黒い、何かが。
その黒い何かは、その人の顔を掠める様にして再び浮上して行く。
「ぅゎ!」
離れた位置から、悲鳴の様な声が聞こえた。その人は、うずくまり動けなくなってしまう。
そして、再び浮上したその黒い何かは、上空で旋回すると、今度はこちらに向かって降下を始める。先端がキラリと光った。
「うぅ・・・」
呻き声が先輩の口から漏れた。和樹は倒れた先輩の襟元を掴み上げて、立たせようとしている。
止めなくちゃいけない。
私は、2人の元へと足を進めた。膝が震えて、上手く歩けない。
ゆっくりだけれども、確実に前へと進む。幸い和樹と先輩の動きは遅い。
和樹がもう一発先輩を殴った。そのまま地面に落として腹部を蹴る。くの字に曲がる先輩。
私の手が和樹に届いた。和樹の背中にしがみつく。
「透子離せ」
「やだよ。離さない」
黒い何かが、そんな私達の目の前に、何かを落として行った。カランと音を立てて、先端の鋭く光る、ナイフ・・・。
それを見た和樹の目の色が変わった。今迄鈍かった焦茶色が、ナイフの光を得て輝く。
和樹は、私を振り払ってナイフを拾い掴んだ。そして、ようやく立ち上がった先輩を視界に捕らえる。
ダメだよ、ダメダメダメ!
「やめて和樹!」
私の声が、和樹を余計に興奮させてしまったのかも知れない。和樹はナイフを構えて、先輩に向かって一直線に進む。
先輩は、頭を左右に振ってふらふらしている。
止めなきゃ!
私は、先輩の前に、和樹と先輩の間に飛び込んだ。そして目を瞑る。
体当たりされた衝撃で、玉突き事故みたいに先輩にもぶつかる。そのまま3人で地面に倒れ込んだ。
一面に広がる赤。真夏の水撒きで蛇口を閉め忘れたホースの水みたいな勢いで広がる赤。漂う鉄分の臭い。
血の臭いに酔って、私の体は震えた。
立ったまま、ナイフを地面に落とす和樹。その顔面は蒼白。それはそうだろう。人を、刺したんだ。
「・・・誰だよ、お前・・・」
膝を付いて、和樹はそう言った。
・・・誰?
その時点で、私は、自分の体に全く痛みが無い事に気付いた。地面に倒れる先輩、そこにのし掛かる私の体。そのまた上に、私を庇う様にしてのし掛かる3人目の人・・・。大量の血を、流し続けている・・・。
お洒落な茶系のスーツにお揃いの帽子、整った顔に小さな泣きぼくろ。
・・・アスさんだった・・・。