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《【神の島】》
四年に一度――この場所に来るよう【調教】された【ユニコーン】が、グリード城まで私達を迎えに来る。
そして今、私達はその【ユニコーン】に馬車を引かせ、《神の島》へと辿り着いた。
「……着いたわね」
サクラ女王はそっと目を閉じ、静かに息を吐く。
車イスに魔力を流すと、ふわりと宙へ浮かび――タソガレが開いた馬車のドアを、ゆっくりと通り抜けていく。
浮遊していた車イスが地面に触れた瞬間、霧が足元に絡みつくように揺れた。
「ここが……伝説に語られる【神の島】……ですか?」
付き添いの女性騎士が、不安そうにあたりを見回す。だが、視界はすぐに深い霧へと呑まれていく。
「……私もここに来るのは初めて。伝承はあるけれど、確証なんてものはないわ」
サクラ女王はそう答えながら、霧の奥に目を凝らす。
――しかし、2メートル先ですらまるで白布で覆われたように、何も見えない。
「……これほどの霧……。まるで“神に選ばれた者”しか通す気がないみたいね」
「……タソガレ……ここから先は、何があるか分からな……ゲホッ!」
言いかけた言葉が、喉を焼くような咳に遮られた。
そして次の瞬間――私は自らの意思とは無関係に、口元から鮮やかな紅を吐き出していた。
「女王様!」
すぐさま駆け寄るタソガレの声が、霧に反響して鈍く響く。
「……だいじょうぶ……いつものことよ……少しすれば……おさまるから……」
口元を袖で拭いながら、私はかすれた声で微笑んだ。
――この身体は、もう限界が近いのだ。
私が患っているのは【魔力操遺感病】。
この病は、年齢と共に高まる“魔力”に対して、それを操るための肉体機能が追いつかなくなるという……厄介なもの。
本来、歳を重ねることで人間の魔力量は増していく。
だが私の身体は、それを制御する機能を少しずつ失い――代わりに脳が無理やり魔力制御を引き受けようとする。
結果、脳に過負荷がかかり、身体の各機能を次々と手放していく。
足が動かなくなったのもそのせいだ。
“歩く”という信号すら、今の私には【贅沢】だったのだろう……。
「――神の島で血を流すのは、おやめください」
不意に届いた、あまりにも静かな少年の声。
空気すらも震わせないその言葉に、私はハッと振り返る。
そこに立っていたのは――年端もいかぬ、しかし恐ろしく整った顔立ちをした“少年”だった。
ヒラヒラと風に揺れる白い布服を身にまとい、肌は雪のように白く、目は……黒目だけしか存在しない。
「なっ……貴様、何者だ!」
タソガレが即座に剣を抜き、身構える。
だが私は、全身を駆け抜ける寒気と共に確信していた。
――この存在は、“人間ではない”。
「……待って、タソガレ。剣は……しまいなさい」
「……女王様……」
戸惑いを隠しきれない彼女に、私は首を振る。
「……この者に敵意はない。少なくとも今は……」
私の命令で、タソガレは剣をゆっくりと鞘へ戻す。
「……あなたは、今ここが《神の島》だと言いましたね?」
私の問いに、白い肌の少年は静かにうなずいた。
「はい」
「……私は、グリードの女王サクラ。先代――カバルト王は、もうこの世にはいません。今の王国会議には、私が出席します」
自らの口で“父”の名を出すたび、胸の奥が軋むように痛む。
例え、私が直接手を下していなかったとしても……この手は、【クーデター】という名のもとに『女神』と共に血を流した。
“殺したのは私じゃない”――そう言い訳しても、私の中の『女神』は____
「……わかりました。それでは、これに従って進んでください」
白い少年が差し出したのは、奇妙な形をした【方位磁石】のようなものだった。
「タソガレ、受け取って」
「はい、女王様」
タソガレが慎重にそれを受け取る。しばらくじっと見つめてから、眉をひそめた。
「……北を指していませんね」
「分かるの?」
「私は騎士です。方角の見極め方は――太陽、星、影、魔力流、地熱、風圧……いくつも心得ております」
「なるほど……」
どうやら……この【方位磁石】は、“北”を指していないらしい。
あの少年の態度からも、これは単なる道具ではない。
「じゃあ……この先に、何が――」
尋ねようとしたその瞬間、
少年の姿はもう、霧の奥へと消えていた。
「……行くわよ、タソガレ」
「……はい」
私の車イスを押しながら、タソガレは静かにうなずく。
白霧の中、唯一の頼りは――手のひらにある“狂った方位磁石”だけ。
それを頼りに車イスで進んでいく。
「……あの子供、やっぱり人間じゃなかったわね」
「はい。人の気配ではありませんでした」
「なんだと思う?」
「申し訳ありません、私の知識では答えられません」
「……そう。だけど、私は確信したのよ」
「確信……ですか?」
「あなたは不思議に思ったことはない?
【王国会議】……ただの話し合いなら、それぞれの王国で集まれば済む話よね?通信魔皮紙でもいい……それをわざわざ、“この島”に集まってまでやっている……何故かしら?」
「それは……昔から決まっているからでは……?」
「そう、【昔から】。何代も、何十代も前から――“当然のように”続けられているわ」
「……」
「人外の子供。見えない霧。北を指さない磁針。
――“ここ”でなければならない理由が、確実に存在する」
そう口にした瞬間だった。
視界が、唐突に――真っ白に染まった。
「っ、これは!」
「――転移魔法陣……っ!」
辺りに浮かび上がる淡い魔方陣の光が、私たちを包み込む。
そして、私とタソガレは……《神の島》の“本当の中心”へと転移したのだった。