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*****


セックスをして眠って、目が覚めると蒼はまた私を求めた。

「もう、二度と離さない……」

明け方、蒼がポツリと言った。私は、声を殺して泣いた。

あの日、蒼と別れた部屋。

あの日が、蒼を離してあげられる最後のチャンスだった。

T&Nの頂点に立とうとする蒼に、私は相応しくないとわかっている。それでも、もう私には蒼を諦められる気がしない。

「もう、二度と離れない……」

私は蒼の腕の中で、目を閉じた。

「大丈夫か?」

ようやく起き上がろうとして、私はベッドから滑り落ちた。

「大丈夫……じゃない……」

全身が痛い。特に腰の鈍い痛みが体の自由を奪った。

「あーーー……、ごめんな?」と、蒼が気まずそうに言った。

「もう……しばらくしない」

「えっっっ? マジ?」

「マジ!」

蒼のあまりの落ち込みように、私は思わず声を出して笑ってしまった。

「あはははは……! 落ち込み過ぎでしょ!」

「おまっ——! 笑いすぎだろ!」

「だって……」

蒼は私を抱きかかえると、バスルームに連れて行ってくれた。湯船に浸かって身体を温めると、腰の痛みが少し和らいだ。

お風呂から出ると、蒼が電話を終えたところだった。

「咲、父さんが昼飯を一緒に食おうって。咲のお父さんも一緒に」

「ん……。着替えに帰る時間ある?」

「ああ」

私と蒼は同じタクシーに乗った。私のマンションに着くまで、蒼は私の手を握って離さなかった。

『用事を済ませてから行くから』と蒼からメッセージが届いて、私は一人でお店に行った。

以前、おじさまと充さんと来た料亭。

「咲、一人か?」

案内された部屋には、おじさまとお父さんの他に、和泉さんと充さん、真がいた。

「蒼は?」

「用事を済ませて来るそうです」

私はお父さんと真の間に座った。お父さんは今日、一度札幌に帰ることになっている。

「咲、蒼にはネタばらししたのか?」と、充さんが聞いた。

「しましたよ」

「蒼、怒ってた?」と、和泉さん。

「それほどでもないと思います」

部屋の襖が開いて、蒼が顔を出した。

「兄さんたちも来てたの?」

蒼は和泉さんと充さんの間に座った。すぐに、ビールと料理が運ばれてきた。

「蒼の会長後任決定を祝して、乾杯」

音頭を取ったのは、和泉さんだった。

和泉さんと充さんはいつになくご機嫌で、やけに蒼に絡んでいた。

「やっぱり……騙されたとしか思えないんだけど……」

蒼が和泉さんに言った。

「人聞き悪いね?」

「昨日から言ってますよ」

「俺が咲を告発でもしてたらどうしてたんだよ?」

「それはないな」と言いながら、充さんが二杯目のビールを手酌した。

「そうだね。蒼が咲ちゃんを気に入るのはわかってたよ」と、和泉さん。

「なんたって初恋の女だからな」

蒼がゴホッゴホッとむせた。

私もつられて、咳込む。

「なんっの……」

「残念ながら、咲ちゃんの初恋は蒼じゃないけどね」と、和泉さん。

「こんなにいい女になるなら、あの時からもっと優しくしとけばよかたなぁ」と、充さん。

「充、それ犯罪だから」

「く————っ! ふふ……」

和泉さんと充さんの会話に、私は笑いを堪えきれなかった。

「あははははは……!」

真とお父さんも笑いだす。

「咲! 笑い過ぎだから!」

「悪いな、蒼。咲の初恋貰っちまって」

「それはもうっ、いいから! 俺は最後でいいんだよ!」

蒼はジャケットから取り出した紙を、テーブルに叩きつけた。みんなでそれを覗き込む。


え……、これ————。


「証人の欄、父さんと成瀬さんに書いてもらおうと思って、取って来た」

婚姻届。

「俺の欄は書いてあるから」

蒼が、正面から真っ直ぐ、私を見た。

そして、視線を逸らす。

「成瀬さん、咲と結婚させてください!」

部屋の中が、静まり返る。

和泉さんも充さんも驚いたようで、目を丸くして固まっていた。真も。


ちょっと……待って…………。


「なんで……」

私は呟いた。

「なんで私より先にお父さんなの?」

「えっ?」と、蒼が不思議そうな顔をした。

「なんで私にプロポーズするより先に、お父さんの許可をもらうのよ!」

「はっ?」

「『はっ?』じゃない!」

「ちょっと待て、指輪渡しただろ」

「なんて言って渡してくれたか、忘れたの?」

そう。

『咲が、俺が贈った指輪をはめていてくれるなら、虫よけでも、誕生日プレゼントでも、婚約指輪でも、なんでもいい』

蒼はあの指輪を『婚約指輪』としてプレゼントしてくれたわけじゃない。ましてや、『結婚しよう』と言われたことは一度もない。


って言うか、指輪をプレゼントするのに『なんでもいい』って……!


蒼も気がついたようで、あからさまに気まずい顔をした。

「あ……れ?」

「あーあ……」と、充さんがため息交じりに言った。

「お前、ホントにみっともないほど余裕ないな」

「蒼、焦り過ぎだよ?」と、和泉さんがクスッと笑う。

「まぁ、惚れた弱みですよね」と、真も蒼に同情の目を向けた。

顔を真っ赤にして、困った顔で私を見る蒼が、愛おしくてたまらなくなった。


どんな気持ちで……婚姻届をもらいに行ったのだろう……。


『もう、二度と離さない……』

今朝の、蒼の言葉が思い出された。蒼の顔が歪んで見える。

「あ……。ごめんっ! 咲——」

蒼が慌てて謝る。

「あーあ……。泣かしちゃった」と、充さんがまた、ため息をつく。

みんなの前で、お父さんに結婚の許しを請うなんて、すごく緊張したと思う。

蒼は大切な言葉を伝えてくれたのに、私ははぐらかしてばかりだった。それでも、蒼は私を理解して、包み込んでくれる。

「真、ペンはあるか?」

お父さんに聞かれて、真がペンを差し出した。お父さんは受け取ったペンで、婚姻届の証人欄に記入する。

「蒼くん」

書き終えると、お父さんはテーブルから少し下がって、頭を下げた。

「咲を、よろしく頼みます」


お父……さん————。


「絶対……幸せにします!」

私は、真の肩がベッタリ濡れるほど泣いた。

女は秘密の香りで獣になる

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