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セックスをして眠って、目が覚めると蒼はまた私を求めた。
「もう、二度と離さない……」
明け方、蒼がポツリと言った。私は、声を殺して泣いた。
あの日、蒼と別れた部屋。
あの日が、蒼を離してあげられる最後のチャンスだった。
T&Nの頂点に立とうとする蒼に、私は相応しくないとわかっている。それでも、もう私には蒼を諦められる気がしない。
「もう、二度と離れない……」
私は蒼の腕の中で、目を閉じた。
「大丈夫か?」
ようやく起き上がろうとして、私はベッドから滑り落ちた。
「大丈夫……じゃない……」
全身が痛い。特に腰の鈍い痛みが体の自由を奪った。
「あーーー……、ごめんな?」と、蒼が気まずそうに言った。
「もう……しばらくしない」
「えっっっ? マジ?」
「マジ!」
蒼のあまりの落ち込みように、私は思わず声を出して笑ってしまった。
「あはははは……! 落ち込み過ぎでしょ!」
「おまっ——! 笑いすぎだろ!」
「だって……」
蒼は私を抱きかかえると、バスルームに連れて行ってくれた。湯船に浸かって身体を温めると、腰の痛みが少し和らいだ。
お風呂から出ると、蒼が電話を終えたところだった。
「咲、父さんが昼飯を一緒に食おうって。咲のお父さんも一緒に」
「ん……。着替えに帰る時間ある?」
「ああ」
私と蒼は同じタクシーに乗った。私のマンションに着くまで、蒼は私の手を握って離さなかった。
『用事を済ませてから行くから』と蒼からメッセージが届いて、私は一人でお店に行った。
以前、おじさまと充さんと来た料亭。
「咲、一人か?」
案内された部屋には、おじさまとお父さんの他に、和泉さんと充さん、真がいた。
「蒼は?」
「用事を済ませて来るそうです」
私はお父さんと真の間に座った。お父さんは今日、一度札幌に帰ることになっている。
「咲、蒼にはネタばらししたのか?」と、充さんが聞いた。
「しましたよ」
「蒼、怒ってた?」と、和泉さん。
「それほどでもないと思います」
部屋の襖が開いて、蒼が顔を出した。
「兄さんたちも来てたの?」
蒼は和泉さんと充さんの間に座った。すぐに、ビールと料理が運ばれてきた。
「蒼の会長後任決定を祝して、乾杯」
音頭を取ったのは、和泉さんだった。
和泉さんと充さんはいつになくご機嫌で、やけに蒼に絡んでいた。
「やっぱり……騙されたとしか思えないんだけど……」
蒼が和泉さんに言った。
「人聞き悪いね?」
「昨日から言ってますよ」
「俺が咲を告発でもしてたらどうしてたんだよ?」
「それはないな」と言いながら、充さんが二杯目のビールを手酌した。
「そうだね。蒼が咲ちゃんを気に入るのはわかってたよ」と、和泉さん。
「なんたって初恋の女だからな」
蒼がゴホッゴホッとむせた。
私もつられて、咳込む。
「なんっの……」
「残念ながら、咲ちゃんの初恋は蒼じゃないけどね」と、和泉さん。
「こんなにいい女になるなら、あの時からもっと優しくしとけばよかたなぁ」と、充さん。
「充、それ犯罪だから」
「く————っ! ふふ……」
和泉さんと充さんの会話に、私は笑いを堪えきれなかった。
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「あははははは……!」
真とお父さんも笑いだす。
「咲! 笑い過ぎだから!」
「悪いな、蒼。咲の初恋貰っちまって」
「それはもうっ、いいから! 俺は最後でいいんだよ!」
蒼はジャケットから取り出した紙を、テーブルに叩きつけた。みんなでそれを覗き込む。
え……、これ————。
「証人の欄、父さんと成瀬さんに書いてもらおうと思って、取って来た」
婚姻届。
「俺の欄は書いてあるから」
蒼が、正面から真っ直ぐ、私を見た。
そして、視線を逸らす。
「成瀬さん、咲と結婚させてください!」
部屋の中が、静まり返る。
和泉さんも充さんも驚いたようで、目を丸くして固まっていた。真も。
ちょっと……待って…………。
「なんで……」
私は呟いた。
「なんで私より先にお父さんなの?」
「えっ?」と、蒼が不思議そうな顔をした。
「なんで私にプロポーズするより先に、お父さんの許可をもらうのよ!」
「はっ?」
「『はっ?』じゃない!」
「ちょっと待て、指輪渡しただろ」
「なんて言って渡してくれたか、忘れたの?」
そう。
『咲が、俺が贈った指輪をはめていてくれるなら、虫よけでも、誕生日プレゼントでも、婚約指輪でも、なんでもいい』
蒼はあの指輪を『婚約指輪』としてプレゼントしてくれたわけじゃない。ましてや、『結婚しよう』と言われたことは一度もない。
って言うか、指輪をプレゼントするのに『なんでもいい』って……!
蒼も気がついたようで、あからさまに気まずい顔をした。
「あ……れ?」
「あーあ……」と、充さんがため息交じりに言った。
「お前、ホントにみっともないほど余裕ないな」
「蒼、焦り過ぎだよ?」と、和泉さんがクスッと笑う。
「まぁ、惚れた弱みですよね」と、真も蒼に同情の目を向けた。
顔を真っ赤にして、困った顔で私を見る蒼が、愛おしくてたまらなくなった。
どんな気持ちで……婚姻届をもらいに行ったのだろう……。
『もう、二度と離さない……』
今朝の、蒼の言葉が思い出された。蒼の顔が歪んで見える。
「あ……。ごめんっ! 咲——」
蒼が慌てて謝る。
「あーあ……。泣かしちゃった」と、充さんがまた、ため息をつく。
みんなの前で、お父さんに結婚の許しを請うなんて、すごく緊張したと思う。
蒼は大切な言葉を伝えてくれたのに、私ははぐらかしてばかりだった。それでも、蒼は私を理解して、包み込んでくれる。
「真、ペンはあるか?」
お父さんに聞かれて、真がペンを差し出した。お父さんは受け取ったペンで、婚姻届の証人欄に記入する。
「蒼くん」
書き終えると、お父さんはテーブルから少し下がって、頭を下げた。
「咲を、よろしく頼みます」
お父……さん————。
「絶対……幸せにします!」
私は、真の肩がベッタリ濡れるほど泣いた。