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白山小梅
12
#借金
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午後から仕事に入った春香は、入店した途端に常連客の接客にあたる。土曜日の午後は特に人が多いだめ、心の中は焦りながらも、丁寧且つ迅速に対応していた。
「いつものファンデーションと口紅が欲しいんだけど」
六十代前半の女性は春香が出勤する時間に合わせて来店した常連客で、ミディアムヘアの黒い髪はいつも綺麗に整えられ、来店する時は笑顔を欠かさない素敵な人だった。
「斎藤様、いらっしゃいませ。いつものですよね。少々お待ちください」
春香はお客様情報を確認しながら、カウンター裏の棚からファンデーションの箱と口紅を取り出し、女性の前に並べた。
「商品はこちらで間違いないでしょうか」
「えぇ、大丈夫。あ、あと、クリスマス限定コスメの予約って今日からよね? まだ在庫はある?」
「予約してくださるんですか? ありがとうございます! 当店の在庫はまだありますよ」
「本当? じゃあその予約もお願い」
「かしこまりました。ではこちらの予約票の記入だけお願いしても良いですか?」
タブレットで商品の入力、代金の清算、クリスマスコスメの予約をテキパキとこなしていく。
「佐倉ちゃんがいてくれるから、つい安心してこの店に来ちゃうのよねぇ」
「うふふ。そんなふうに言っていただけて嬉しいです。私も斎藤様にお店に来ていただける日は元気をもらえるんですよ。いつもありがとうございます」
「佐倉ちゃんがここに来てから四年よねぇ。そろそろ異動があるんじゃないかってハラハラしてるのよ」
「そんなことになったら私も悲しいですよー。この店にずっといたいくらいですから」
商品を袋に入れ、店の前まで見送る。
「ありがとう。また佐倉ちゃんがいる日に来るわね〜」
「こちらこそ、いつもありがとうございます。またのご来店、お待ちしていますね!」
明るく笑顔で手を振る背中を見ながら、春香は心が温かくなるのを感じた。自分を好きだと言ってくれる人がいるこの職場が大好きだし、離れるなんて考えたくなかった。
ふと頭をよぎるあの男性客との関わりが、何事もなく、ただの偶然であることを願うしかなかった。
* * * *
忙しかった一日も終わり、春香は店長の|島木《しまき》|瞳《ひとみ》とともに閉店作業をしていた。
「よし、今日の仕事は終わり! 佐倉さんもお疲れ様」
「お疲れ様です。本当に今日は忙しかったですねぇ」
タブレットを閉じて両腕をぐるぐると回していた瞳は、片付けをしていた春香に向かって声をかける。
「そういえば今日の午前中に、またあの男性が来たのよね。前に佐倉さんが接客した……ほら、奥さんへのプレゼントを選んで欲しいって言った人」
「えっ……」
「なんかまた佐倉さんに相談したいことがあるから、あなたの出勤の予定を教えて欲しいって言われたの」
春香の顔から血の気が引いていく。
「あの、店長は何て……」
「『今日の午後は出勤しますが、明日は休みです。その後のシフトはまだ確定ではないので』って誤魔化しておいた」
瞳には以前にそのことについて相談をしたことがあったので、きっと配慮してくれたに違いない。シフトは確定しているし、普通なら予約客のために、指名があった場合は出勤日に入れるようにしているのだ。
「あの……すみません。ありがとうございます」
「いや、やっぱりどう考えてもおかしい気がして。だってそんなに頻繁にプレゼントってしなくない? うちの旦那なんて、誕生日くらいにしかくれないわよ。それに気に入ったのなら、奥さんと一緒に来店するんじゃないかなって思うのよ。まぁ来られない事情があるかもしれないけど、なんかねぇ……」
瞳がそこまで考えてくれていることに感謝しながら、食事に誘われたことについて話すかどうかを悩んだ。しかしきちんとお断りをした後だったので、今回は黙っていることにした。
「一番の心配は帰り道なんだけどねぇ」
「あっ、実は迎えに来てくれる人が見つかったんです。ずっとではないですが、しばらくお願い出来そうなので……」
「あら、本当? それは良かった! お友達?」
「高校の時の後輩くんなんですが、なんだかフリーランスの仕事をしているそうで、やってもいいと言ってくれて」
その時、瞳の眉間に皺が寄り、目の奥が光るのを感じた。
「"後輩くん"? つまり男?」
「えっ、あっ、はい」
「男性だし後輩という素性がちゃんとしている子なら安心だけど……逆にその子は大丈夫なの?」
瞳としては更なる懸念がないのかを心配してくれているのだろう。
確かにそう言われれば、博之と再会したのも八年ぶりなのだ。全てを信じるには早すぎるような気もするが、でも今日話した限りは、あの頃と変わらないように感じる。
それに椿とのやりとりを見れば、二人の想いはしっかりと通じ合っているように見えた。だからこそ、博之の後輩である瑠維も信じられたのだろう。
「無口で無愛想な感じなんですけど、すごく芯がしっかりしてる子だったんですよねぇ。先輩に対しても間違えいれば、バシッと訂正するというか……。それに剣道部だったから、いざとなったらすごく頼りになる人なので」
「無口で無愛想ーーでもハシビロコウみたいなタイプかもしれないわよ」
「ハシビロコウ? あの鳥のですか?」
「そうそう。普段はじっとして全く動かないのに、エサがやってきた瞬間ズバッと行くんだから」
「……送り狼みたいなことですね」
「まぁほぼ同じでしょ」
「うーん、でも彼はきっと大丈夫です。なんとなくですけど、信用出来る気がするんです」
春香が自信を持って微笑んだので、瞳は安心したように頷いた。
「そう。なら安心ね。でも何かあったらすぐに私でも警察でもその子にでも言うのよ。何かあってからじゃ遅いんだから」
「店長……そう言っていただけると本当に心強いです! ありがとうございます。ちゃんと伝えるようにしますね」
その時に瑠維におおまかな場所しか伝えていなかったことを思い出す。
もう近くまで来ているだろうか。どこに行けばいいのかわからずに困っているかもしれないと思うと、春香は早く連絡しなければと焦り始めた。