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町の中をなんとなし歩いていると、鮮やかな色が私の目に入ってきました。
この地はいつの間にか秋に染まっていたのです。
畦道の両脇を風に揺られる黄金の波。
前方を見れば彼方に聳える赤い山嶺。
世界はこんなにも色づくものだったでしょうか?
いいえ、そうではないですね。
昨夜、彼を意識し始めてから私自身が変化したのです。
寂寞とした感情に、枯れ果てていた気持ちに、鮮やかな色が甦ったのです。
荒漠とした時を止めてしまった灰色の心象風景が、再び動きだしたのです。
昨夜、彼への想いを自覚し始めて、私の心が変化したのです。
何の色も感じなくなっていたはずなのに……
私の心はいつのまにか世界の彩りを感じられるようになっていました。
死んでしまったはずの恋心が、彼への想いで再び息を吹き返したからでしょう。
そう、認めましょう――私はユーヤに恋しています。
私は今日40になりました。
この歳になってやっと本当の恋を自覚した。
しかし、私は臆病です。
過去の婚約破棄で、衆目に晒された恥辱で、謂れのない理不尽で、私の恋心はずたずたに傷ついてしまったから。
だからこの恋はとても怖い。
だって、ユーヤは――
勇者として凱旋してくるのです。
遠く、大きな存在となってしまいました。
その功績は称賛され、高い地位、大きな名誉、そして莫大な財産を賜るでしょう。
今頃は若く綺麗な女性たちに囲まれて、私の事など忘れているかもしれません。
王都の生活に慣れ、もう辺境には帰ってこないかもしれません。
――だから私は恋を認めるのがとても怖い。
私は今日40になりました。
人生を季節に例えるなら、生の終盤たる冬を迎える前の秋。
それは寂しく、そして穏やかに流れる冬までの僅かなしじま。
だけど――
冬の到来を予感させる秋は、同時に実りの季節でもあります。
人もまた老いの予感をさせる歳は、同時に人生という実が結び豊穣となるのです。
だから40を不惑の歳と言うのでしょうか?
しかし、私はこの歳になってまだ恋に惑う。
その迷いは、期待と不安、動揺と確信をない交ぜにするのです。
ふと空を見上げる。
ずっと天を覆っていた灰色の雲。
その厚い雲が風に流され隙間から陽の光が差す。
隙間から光のカーテンが広がり青い空が徐々に姿を現す。
久々に見た空はどこまでも高く、どこまでも広く、どこまでも青い。
突然、私の中に予感が生まれました――
それは、聖女の予知か。
それとも恋する女の直感か。
――彼が帰ってくる!
心臓がトクットクッとうるさい音を立てて騒ぎ始めました。
その感情に私は弾かれた様に走り出したのです。
この胸が激しく胸が高鳴る予感に突き動かされて私は懸命に走ったのです。
私は町の入り口まで走りましたが、そこで息が上がってしまいました。
前に屈んで手を膝に当てて、はぁはぁと肩で息をする私の呼吸が荒い。
やっとのことで息を整えて顔を上げると、見えるのは遥か彼方の王都から続く道。
私の目に映ったのは次第に顕れる人影。
まだ誰とも判別できないけれど私は確信しました。
私の頬を涙が伝う。
もう分かっています。
私の胸の中は嬉しさと喜びと、そして彼への愛おしさで一杯なんだって。
だから私は彼の名をあらん限りの大声で叫んだのです。
「ユーヤァ――――――ッ!」
私は突き上げた手を思いっきり振りました。
そして私の名を呼ぶ声と共に人影も右腕を挙げた――そんな気がしました。
その時、一陣の冷たい風が吹き抜けました。
その風は白かったけれど、私の心に咲いた色はきっともう消えません。
勇者によって魔王は倒され、立ち篭めていた暗雲は去りました。
しかし、ヒロインに国を荒らされ、その傷は今も癒えず大変な毎日です。
あの娘は断頭台の露と消えました。
ですが、私の心の中にその爪痕は残されています。
―――それでも悪役令嬢(わたし)は生きてます。