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そうして……、武漢文官は、再び目を丸くしていた。


ギクシャクしていた、主、劉備と呉より輿入れしてきた、孫夫人が、いつの間にか、それなりに落ち着いた関係になっており、なおかつ、嫡男、阿斗も、懐いている。


他の側室とも、孫夫人の侍女達が上手く立ち回り、当初のピリピリとした空気は消え、和やかな雰囲気が流れていた。


何よりも、その侍女達が、美しい。更に、愛想も良くなり、詰める男達にとっては、そこが一番の驚きであり、嬉しくもあった。


しかし、一人頭を抱える者がいる。


「えーい、それでも、兵士かっ!」


孫夫人は、鎧に身を包み、勝手に兵達を仕切っていた。鍛練じゃ、とかなんとかいっては、見事に、蜀の軍律を破って行く。


着いていくべきか、兵達は、困りながらも、いかんせん、下っぱ、歩兵達だけに、言われれば、従う、と、言う具合いで、皆、呉の兵と化していた。


「まったく!あの様に、勝手な事をされては!」


趙雲が、たまりかね、肩をいきらせる。


周りに控える部下達も、どうすることもできず、上官の怒りに耐えるだけだった。


「あらあら、そんな顔をして、言いたければ、直接、仰ったらよろしいのに。じゃじゃ馬と、名馬対決、面白そうじゃありませんか」


控える部下達は、笑いを堪えるのに、必死だった。


「黄夫人!あなた!」


またもやの、登場に、趙雲は、驚きつつも、助っ人が来たと、内心ほっとする。


「いったい、どこから……、それより、孔明様は?」


「うーん、なんでしょう?いつになれば、成犬になれるかなぁ、なんて、鏡相手に愚痴ってますわ」


「そんなに、気になさっているのですか……髭……」


「なんでも、髭殿に会わせる顔がないとか、なんとか」


「ああ、関羽様の髭は、髭殿と呼ばれるほど、確かに、ご立派ですからね」


「だからってねぇ、子供じゃあるまいし、お勤めをサボってどうします?それで、私を変わりにって?」


夫、孔明の所業を愚痴りながらも、黄夫人は、いつものすました顔を趙雲へ向けた。


──来たか。


趙雲は、思う。現われたのは、何か策があってのこと。きっと、孔明から言付けを受けてに違いない。


孔明が表に出ると、孫夫人も意固地になる。だから、泳がせるつもりで、出仕しないのだろう。それに、劉備が何も言わないのもおかしい。


そろそろ、何かが起こるのだろうと趙雲は心の内で身構えた。


「劉備様は、お時間取れそうかしら?」


「ええ、黄夫人の来訪ならば、きっと、お喜びになりますよ」


「まあ、それは、よかった。いえね、実家から、遠国の菓子の差し入れがありましてね、それが、我が屋敷では、不評なの」


確かに、何か、包みを持っている。


「黄夫人、つまり、味の悪い物を、劉備様へと……?」


「あら、腐ってはないわよ。それに、味の好みは、人それぞれでしょ?ひょっとしたらって、こともあるし」


いや、あなたね、どうゆう、思考で、そうなりますか?!


と、言い返したい趙雲だったが、相手は、黄夫人。孔明の妻であり、なにより、実家は、この地の名士で、公にはできないが、遠征のたび、黄夫人の口添えで、かなりの支援を受けていた。


それゆえ、劉備も、夫人には頭が上がらない。なにより、そっと、授けてくれる機知が、幾度、混乱を納めて来たことだろう。


「あら?」


と、繰り広げられている、孫夫人の鍛練とやらに、黄夫人は視線を留めた。


「珍しい光景ですわね。あれが、あちらのやり方ですか」


「はあ、そのようで、じっとしているのは、退屈と、わが軍にちょっかいを出してくる。劉備様も、笑っているばかりで、趙雲、怪我しない様に、見守ってくれ。とは、まったく」


「まあー!やっと、どうにかなりましたか。安心しましたわ!」


「ですがね、黄夫人!」


「……まあ、余所の考えは、あのように異なりますのね。趙雲様、しっかり、ご覧あそばせ」


では、私は、劉備様へ菓子を、と、黄夫人は去って行った。


──余所の考え……?


黄夫人の言葉に、趙雲は、はっとする。


そうだ、繰り広げられているのは、呉の戦法。いずれ、いや、必ず、闘う相手の動き──。


相手の出方が、今、孫夫人によって、さらされている。


趙雲は、劉備が、なぜ、孫夫人の動きを許しているか、わかったような気がした。

乱世の刀自(とじ)

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