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第10話:もし、リングがなかったら
今日もまた、カチカチと響くキー音が事務所の空気を切る。
無機質で、冷たい音。
ユウキは、机の上にあるノートパソコンをじっと見つめながら、手を止めた。
右手の薬指には、いつものように光るリングがはめられている。
属性:記憶整理・日常支援。
毎日、何千もの「確認作業」をリングが代わりにこなしてくれる。
「ユウキさん、確認したい資料をお願いします!」
会議でのリクエストが突然入った。
ユウキは、リングをひとつスライドさせ、データを手早く調べる。
それから、必要な書類をPCから取り出して瞬時に準備する。
いつものように、リングが“記憶の整理”を手伝ってくれる。
目の前の仕事を迷うことなくこなしていく。
「お疲れさまです!」
「ありがとう!ユウキさんがいなければ、全部間に合わなかったよ」
そう言って、同僚が去った後、ユウキは再び腕を組んで机の前に座った。
このリングがない日常を想像できるだろうか?
リングを着けてからの数年、ユウキはその便利さに慣れすぎていた。
でも――その日は突然、訪れた。
「……あれ?」
会社支給のリングが突然使えなくなった。
いつものように、**“起動確認”**の指示を出しても、リングは反応しない。
「壊れたのかな……?」
ユウキは眉をひそめ、リングの設定を再確認したが、それでも何も起こらなかった。
時間はすでに昼を回っており、次の会議も控えている。
「どうしよう……」
ユウキは焦りを感じていた。
その瞬間、隣の席から声がかかった。
「ユウキさん、ちょっといいですか?」
その声の主は、同期のエミリ。
シャツに、カーディガンを羽織った、シンプルな服装だが、常に目を引く清潔感がある。
彼女の指にも、薄い緑色のリングが光っている。
「エミリさん、すみません、リングが壊れちゃって……しばらく仕事が遅れそうです」
「え、それ、大変!じゃあ手伝うよ!」
エミリは、自分のリングをサッと指で操作して、ユウキの席に近づいてきた。
「ちょっと待ってね。何かあったら私が教えるから」
ユウキはその言葉に安堵し、エミリに目を向けた。
彼女の指には、記憶補助とタスク整理を担当するリングがある。
でもエミリは普段、指示を出すのはリングに任せるタイプではなく、仕事に集中する時間を自分の感覚で作ることを大切にしているようだ。
「エミリさん、どうしてそんなにリングに頼らないんですか?」
ユウキが聞くと、エミリは肩をすくめて笑った。
「リングはあくまでサポートツールだから。自分で仕事をしてる実感がなくなると、ちょっと怖い気がしてね」
その言葉に、ユウキはふと考え込んだ。
魔法リングの社会では、ツールに頼りすぎることが当たり前になっていた。
けれど、実際に自分でやるべきことをどうしていくか、それを忘れないようにしなければならない。
その後、ユウキはエミリと一緒に資料を整理し、会議の準備を手作業で進めた。
初めての体験だったが、思ったよりも楽しく感じた。
「ほら、今度は僕たちが手伝う番だよ」
会議が終わり、ユウキは最後にエミリに感謝の言葉を伝えた。
帰り道。ユウキは心の中で考えた。
もしリングがなくなったら、どうするのだろう?
リングが自分の手伝いをしてくれるのはありがたいけれど、自分の感覚を大切にして、手を動かしていくことも大事だと気づいた。
その日、ユウキはリングを手に取って、ひとつだけ設定を変えてみた。
「人の助けが必要なとき、助けを求められる自分」になるために。