「この声は…まさか、」
「そうだ、俺だ。」
「サイラス王子!」
驚いたジャックの声に、私は意識をほんの少しだけ取り戻した。
目の前にいるのは第三王子のサイラス王子。艶のまぶしい間髪に彫刻の造形ような美しい顔立ちをしていて。いつもは召喚術を巧みに使って国王をサポートしている。
「ルナ、ポーションだ、受け取れ。」
「あ…ありがとうございます…。」
サイラス王子は瓶の蓋を開け、私にポーションを飲ませてくれた。すると、みるみる腹痛が治まり意識がはっきりしていく。
「ポイズンミストの霧はお前が死ぬまで続くのであったな、また死にそうになったら言え」
「は、はい…」
サイラス王子は、顔色の戻った私を見てそう言うと、分厚い本を取り出して呪文を唱えた。
真っ白なローブには銀で召喚師の紋章が入っている。
「…ヴァルキリー、あの魔物を取り込め。」
サイラス王子の声に本が光り、中から黒羽の天使が出てくる。敵を自分の世界に取り込む働きを持つヴァルキリーだ。
ヴァルキリーはにこりと光のない目で微笑むと嬉々として素手で魔物を掴み、自身が作った黒い渦巻きに放り込んでいく。
「す、すげぇ…」
「これが、召喚師の力…。」
ジャックとユリアはヴァルキリーとサイラス王子を見て呆然としていた。…無論、私も。
「いやはや、まさか王子が助太刀に来てくださるとは!なんとお礼を言ったらいいか」
「いや、礼をするのはこちらの方だ、お前達が水竜を倒してくれたおかげで王都には潤いが戻ったぞ。」
「あらまぁ、そうでしたのね。」
数時間後、宿についた私達は夕食を囲み、王子を歓迎していた。アルベルトは本の中に入っており、私は話を聞きながら宿の肉料理を堪能していた。
「サイラス王子、今日はどのような用件で我々の元に?」
「ああ、実は今日から父上の命で、お前達のパーティに加わることになった。」
「ええっ!?…お、王子がですか?」
「ああ。」
驚く2人を横目にサイラスはそう言うと私の方に首を向けた。
「いいよな、ルナ。」
「えっ?あっ、はい…私は別に」
急に話を向けられた方に驚きながら私はそう返した。すると彼は満足げに酒を口にする。
「王子が加わるなら、私達のパーティはパラディン、賢者、風水師、召喚師になるわね、王子は剣もお上手だし一気に攻撃力が補えるわ」
「そうだなぁ、今まではずっとルナのアルベルトに頼っていたからなぁ」
「?、アルベルト?」
「!」
その瞬間、食卓の和やかな空気が止まった。
サイラス王子は職業の法律を作るのに大きく貢献した人だ。そして、彼が作った法では、召喚獣は、召喚師しか使ってはいけない。
…ジャックのばか、秘密にしよって言ったのに!
「誰だその者は?ルナのアルベルトとは…一体どういうことだ?」
「いやあの…えっと…。」
「ジャックの馬鹿…」
ユリアと私はお互いに眉を顰めてジャックを睨んだ。すると、それを見たジャックはさらに焦った。
そして、さらに追い打ちをかける出来事が起きる。
カタカタッ!
「!、」
…アルベルトが本から出ようとしてる!
話の中で名前を呼ばれて嬉しかったのか、アルベルトの入った本がカタカタと揺れている。
このまま放っておいてはアルベルトが王子の名前に現れ、私たちが隠していることがバレてしまう。
…ど、どうしようどうしよう!
こまった私は、本と王子を交互に見てジャックが余計なことを言わないよう先に何かを言って誤魔化そうとした。
…ここは嘘をついて誤魔化すぞ。
「あ、アルベルトは…私の、恋人です!」
その瞬間、ふぁっ!?とジャックが驚き王子の目が固まった。
私は、そこで生まれた隙を逃さずに一気に畳みかける。
「彼は弓を得意とする人で、ついこの前まで私のお手伝いをしてくれていたんです、でも、彼は…その!村の用事があって、帰っちゃったんです!」
「…なるほど、それで“ルナのアルベルト”か。」
少し間が空いたのち、王子がそう言って相槌を打った。その間に私は目でユリアとジャックに合図を送る。
「そ、そうなんですよ〜っ!ルナのアルベルト、ついこの間までは一緒にいたんですけどねー。」
「ええ、王子には劣るけど、とても逞しい男でしたわ、ね?ルナ。」
「う、うん。」
「ほう…そうなのか、ルナに恋人ができたとは初耳だ。おめでとう、ルナ」
「え、えへへ…ありがとうございます
あっ、私…夜にやるべきことが残ってるんでした!ご飯はここまでにして、ちょっと外に行ってきまーす」
私は作り笑顔を浮かべながらそう言うと早足で本を抱えて宿の外に出た。
そして、周りに誰もいないことを確認してからゆっくりと本を開ける。
「ご、ご主人様…っ!」
本から現れたアルベルトは顔を真っ赤にしていた。
「アルベルト、ごめんね…私、勝手に貴方を恋人にしちゃった」
「あっ、い…いえいえ、大丈夫ですよ!…なんでそんな嘘をおつきになったのかは疑問ですけど…」
「それはね、貴方の存在がサイラス王子に知られたら私達が捕まっちゃうからだよ」
「なっ…!?」
「サイラス王子はね、召喚師以外が召喚獣を使うことを禁止する決まりを作った偉い人なの、
もし、そんな人に風水師の私が召喚獣を持ってるなんて知られたら…私やジャック、ユリアは捕まってしまうの」
「っ、そんな…あの男のせいで…!」
「怒らないの、アルベルト」
優しくそう言うとアルベルトは手に持っていた大きな弓をおろした。
「…私達は、貴方にとっても救われた。貴方がいなかったら倒せなかったであろう魔物や慣れられなかったであろう試練は溢れるほどある。
でも、この国では、貴方は私達と一緒にいたらいけないの。
……だから、貴方は…その
旅が終わったら、召喚師の誰かに引き取ってもらわないといけないの。」
「!?」
その瞬間、アルベルトは大きく目を見開いて
絶句した。
「先に言わせてもらうと、これは決して貴方が邪魔なわけじゃないし、貴方が悪いわけでもない、、みんな貴方のことが大好きだし、私だってずっと感謝してる、
…悪いのは、貴方に甘えてた私のせいなの。」
アルベルトは目を見開いたまま私をじっと見つめていた。普段の余裕ある穏やかな眼差しとは正反対のその表情が苦しくて、
私は自然と下を俯く。
「……本に、戻らせてください。」
「うん…ごめんね。」
私は乾いた手で本を開き、彼を向かい入れた。アルベルトは眉を顰めて、唇をきゅっと結ぶと本の中にゆっくりと入っていった。
…まさか、こんなにも早く彼に言う時が来ただなんて。
ひとり罪悪感を背負い、
私は冷たい地面に腰を下ろした。
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