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…久弥何歳だ…?
あれから、数日、数週間、数ヶ月……
私は卒業して、受験も合格して、
いよいよ地元を出る日……。
……でも、
「久弥。」
“彼”は、そばにいなかった。
「私、もうすぐ兄さんと出るよ。」
結末は、いつも同じだった。
私の大切な日に、
いつも彼は隣にいなかった。
「……味蕾。」
「睦月。」
「もう少し残ってもいいって
言ってくれてるよ?」
「ううん。私はもう行く。
目が覚めたら久弥に伝えといて。」
─ごめんなさい、ありがとう。
「分かった。行ってらっしゃい。」
「ありがとう。行ってきます!」
数年後。
すっかり私はこっちの生活に慣れて、
花瓶の中の花を見て驚いた。
「ねぇどっち⁉︎緑の薔薇折ったの⁉︎」
「ぎくっ。」
「幹兎兄さん〜?」
「それって造花じゃなかったの?」
「全部造花にするつもりだったけど、
一輪だけ本物を貰ったの。」
「緑の薔薇……ふーん?」
「あーもう!変なこと考えないで!」
私は兄の耳を引っ張った。
「痛い痛い痛い」
「バカ兄!
緑の薔薇には花言葉もあるのに……!」
「花言葉って?」
─希望を持ち得る
他にも花言葉があるけど、
私が一番大好きな花言葉は
これだった。
「あぁ〜なるほどねぇ?」
「だからぁ!」
「ごめんごめん」
兄は笑う。
緑の薔薇を見ると、いつも思い出す。
忘れちゃいけないからって理由も、
勿論あった。
「久弥……元気かなぁ……。」
彼女が道路で座り込む
隣から自動車が迫ってくる
あそこから見る景色は悲惨だ
彼女を力強く押す
代わりに自分が轢かれる感覚が分かる
彼女の泣いてる声が聞こえる
“もう泣かせないって決めたのに”
あれ……俺っていつ、
__味蕾を本気で泣かせたんだっけ
ー久弥君……?久弥君‼︎
あぁ、泣かないでくれ味蕾。
俺は生きてるから。
─嘘……どうしよう……どうしよう!
大丈夫だよ味蕾。だから泣くなって。
─とりあえず久弥を……歩道に……!
味蕾は7歳から冷静だったな。
─お願い……死んじゃダメ…!
大丈夫だってば。
思い出した……昔俺は……
こんな事故が遭って、
味蕾を一度泣かせたんだっけ。
久弥の見舞いに来たけど、
全く久弥は目を覚まさず、
結局、植物状態になってしまった。
味蕾には伝えないでおこうと、
その時全員が思ったんだ。
病室から出ると、そこには、
「梨央奈……。」
「あ……瑠狗……。」
「……あの日、味蕾に
何言ったの?」
「へっ?な、何で……?」
やっぱり、僕の推理が
当たってたんだね。
「だって、今まで明るかった
味蕾が、久弥と同じようになる
ことを引き起こさないよ。」
昔、そんな事があったのは、
事件が起きた直後だった。
─私も久弥と同じ目に遭ってしまえば、
償えると思ったの!
「梨央奈も、味蕾が責任を重んじる
性格だって、知ってたでしょ?」
梨央奈は静かに頷いた。
梨央奈は顔を手で覆って、
涙を流していた。
隠しきれてないなんて
言おうと思わなかった。
「でも梨央奈は、久弥の事
好きだもんね?」
僕はにっこり笑って言った。
「えっ、ななな、なんで⁉︎」
梨央奈は顔が真っ赤になって、
恥ずかしそうに言った。
「見てたら分かるよ。
梨央奈は分かりやすいもん。」
梨央奈も久弥も分かりやすいけど……
ごめんね梨央奈。
久弥が好きなのは、君じゃない。
久弥の初恋は、味蕾だったから。
でも味蕾の心情は読み取れない。
誰が好きなのか、僕には分からない。
睦月は知ってるみたいだけど……。
教えてはくれない。
「久弥。味蕾、もうすぐこっちに
戻ってくるって。」
全く動かない久弥に、僕は話しかける。
「梨央奈もいてくれてるよ。
幹兎と霧矢は帰ってきてないけど、
味蕾と一緒に夏休みに
顔出しに来るって。」
久弥の手を撫でる。
「だから……目を覚まして、久弥。」
すると、久弥の手がピクリと動いた。
「久弥⁉︎」
「兄さん、荷物全部持った?」
「俺らは余裕だよ、味蕾のも
少し持つよ、重いでしょ?」
「あぁじゃあ……これ持ってくれる?」
私はそう言って軽めの物を渡した。
「いいのこれで?」
「うん!ちょっと数が減るだけでも
助かるから!」
「にしても、味蕾がいなくなると
悲しくなるなぁ。
こっちは俺が持つよ。」
「霧矢……別にいいのに……。」
「なんか俺ができない兄みたいな……。」
「あははっ、確かに。」
「味蕾!」
私は大学を出て、あの高校の
スクールカウンセラーになる事ができた。
今日からはまた、あっちに戻って
一人暮らしをするつもりだ。
「久しぶりの景色〜。
ちょっと兄さん達の気持ち
分かったかも。」
「ちょっとは傷つくなぁ……。」
「味蕾、荷物は車に置いとく?
後でマンションまで連れて行くよ。」
「え?いいの?」
「任せなって!ほら、病院行こうか!」
「……うん。」
久弥、元気かな。大丈夫かな。
目を覚ましたかな。幸せにしてるかな。
ワクワクと不安が止まらなくて
複雑な気持ちだった。
「あ、味蕾!」
「瑠狗!睦月!拓人も!」
「大人っぽくなったね〜」
「あ、瑠狗もしかしてバカにした⁉︎
もう大人なんですけど〜。」
「仕事の方は、大丈夫そう?」
「また拓人はそうやって仕事の
話ばっかり……あの母校のスクール
カウンセラーに受かって、皆さんと
同じ先生の立場です。」
「さっすが僕の味蕾〜!」
「私いつから瑠狗のだった?」
「……味蕾。」
そう呼ばれて振り返った先には、
綺麗な女性が立っていた。
「もしかして……梨央奈⁉︎」
「うん。久しぶり!」
「梨央奈は俺の下で
保健の先生を勉強してるんだよ〜」
「やらかし寝坊助睦月の下で……?」
「え?」
「味蕾それは……。」
「起こすのがんば!」
「えぇ⁉︎」
そんな話をしていると、
病院の玄関から見える姿に、
私は目を奪われた。
「久弥……?」
「え、久弥⁉︎」
久弥だ……久弥が目の前にいる……。
私は気づいたら走り出して、
久弥の胸に飛び込んでいた。
「久弥……ごめん……私……!」
一番最初に謝りたかった。
沢山迷惑をかけたから。
「もう泣くなよ。3回も
泣かせたくないぜ?」
私は久弥の言葉に疑問を感じた。
3回ってことは、最初事故にあった時を
数えないとないはずだった。
「久弥……?」
「俺の記憶が無かったせいで、
味蕾に苦しい思いをさせて。」
「記憶が……戻ったの……?」
ありえない現実だと思った。
戻らないと言われた記憶が、
事故の衝撃でまた思い出すなんて。
「味蕾、好きだよ。」
「私が悪いことを2回もしたのに……
私の事、好きでいてくれるの?」
「昔からずっと、大好きだったよ。」
「私も……ずっと大好きだったよ!
久弥が私のこと忘れても、
ずっとずっと、大好きだよ!」
「分かった。分かったから泣くなって。」
「は〜い!」
嬉しい。久弥と今、こうしていられるのが。
ずっと、貴方を失うのが怖かった。
でももう、何も怖くないわ。
─さよならも、もう怖くないの。
私には、貴方がいるから。