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梨田はすぐに見つけることが出来た。関内で有名なキャバクラを幾つか見に行ったら、シルバーのデカい車を見つけた。すぐにネットで車種を調べたらマセラティの車だった。しばらく見ていたら、スーツにソフト帽のイタリアのマフィアみたいな男が両脇にダークスーツのデカい男を従えて車から降りてきた。正直俺たちの年齢からしたらおっさんだ。だが上背もあるし身体も締まっている。イケてるおっさんだとは思うしカネも持ってそうだ。しかもヤクザとしての地位もある。その情婦を石川が執着したとは思えない。もしかして情婦のほうが惚れたのか? それで撃たれたとしたらとばっちりとしか思えない。
梨田はどうやら月水金とそのキャバクラにやって来るようだ。燃えるゴミの日か。とりあえず金曜日に行くのは止めることにした。きっと客も多いだろうから、梨田を見つけるのに苦労しそうだ。
俺は月曜日にその店に行くことにした。月曜なら客もそんなに多くないだろうし、梨田はすぐに見つけられるだろう。
店が見えるところで隠れて梨田を待つ。梨田はいつも早い時間にやって来る。そろそろかと言う頃、梨田はいつものようにマセラティで店の前にやって来た。今日は明るいグレーのスーツを着ていた。
梨田が店に入って三十分ほどしてから俺も店に入って行った。すぐに張り付いた笑顔の店員がやって来た。俺は待ち合わせだと言って店内に入って行った。後ろで何か言っていたが無視した。梨田はすぐに見つかった。予想していた最奥ではなく、出入り口にそう遠くない席に座っていた。梨田は座って両脇に女性を侍らせていたが、デカい男達は離れてソファの端に座っている。俺はその席まで真っ直ぐに向かった。
「──梨田さんですか?」俺が立ち止まってそう声をかけると、デカい男達の腰が浮いた。俺は今日もいつものワイシャツにスラックスにマウンテンパーカーだ。梨田は俺を見て首を傾げた。
「誰だ? テメエは?」
「〈紅玉組〉の木崎です」
「〈紅玉組〉? 林檎の品種か?」そう半笑いで言った。大丈夫だ、俺もそう思ったからな。
「梨田さんの情婦(イロ)に石川がちょっかいかけたって本当の話ですか?」
「はあ!?」
上機嫌だった梨田は急に眉間に皺を寄せた。デカい男が立ち上がり俺の腕を掴んだ。「まあ待て」と梨田は止めた。そして隣に座ってる女性の顔を見た。
「テメエ、浮気してンのか?」
女性は首がちぎれんばかりに振った。いま聞いたってことはこの女性が梨田の情婦なのか? 俺は女性をマジマジと見つめた。胸元の開いたドレスを着ていた。スレンダーでスタイルは抜群なんだろうけど正直胸は大きくはない。顔も綺麗ではあるんだろうけど、可愛いとは違う気がした。それにアイドルになるにはとうが立ちすぎていた。
「すいませんでした!」
俺は深々と頭を下げた。そしてすぐに立ち去ろうとした。もう用はない。踵を返そうとするとデカい男に腕を掴まれた。梨田は男に人差し指をちょいちょいと曲げた。こちらに来いということだろう。俺は引き摺られるように梨田の前に連れて行かれた。
「なあ木崎さんよお」梨田は口角を上げながら俺に話しかけた。その様は悪そうな男そのもので一瞬ゾッとした。
「なんのことかは知らねえけど、謝り方ってモンがあるんじゃねえの?」
俺は後ろから膝裏を蹴られた。立っていられなくて膝をついた。なるほど。土下座しろってことか。俺は膝をつき直し、両手を地べたにくっつけた。
「申し訳ございませんでした」そう言って頭を下げた。すぐに頭を押さえつけられた。どうやら梨田の靴が俺の頭に乗っているらしい。
「俺の情婦が浮気してるってすげえ因縁つけてきやがったもんだ」そう言って頭の上の足に力を入れた。俺の額はもうすでに地べたについている。踏みつけるように力を入れる度にゴツゴツと音がした。
「なんのためにそんなことしたよ?」
俺は踏みつけられたままそれには答えず、ただ謝罪の言葉を口にした。関係ないなら説明するだけ時間の無駄だ。
そんな俺を見て梨田は苛ついたようだった。
「おまえだって傷ついたよなあ。悪かったなあ、疑っちまって」
首元に冷たい感触がした。どうやら水でもかけられているようだった。いや、酒だった。アルコールの匂いが充満する。俺はその匂いにむせた。
「どうオトシマエつける気だ? あ?」
オトシマエ? そんなこと考えちゃいなかった。指でもよこせと言われるんだろうか? 指と角膜はちょっと困る。腎臓くらいで納得してもらえないだろうか。
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