深夜
王都の喧騒が死に絶えた頃、私は約束通りクロムウェル公爵邸の裏門に立っていた。
月の光さえ届かない深い闇の中
鉄格子の門は、まるで巨大な獣の顎のように音もなく開いている。
私は夜の闇に紛れる漆黒のドレスの裾を捌き、冷たい石畳を蹴って
血と埃の匂いが混じる屋敷の中へと足を踏み入れ、深淵へと繋がる闇の中へ身を投じた。
広大なホールは、静寂そのものだった。
しかし、その静寂の層を一枚めくれば、そこには濃厚な死の気配が澱んでいる。
床の冷気が足首から這い上がり、鼻腔の奥を焼くような鉄錆の香りが、ここが「屠殺場」であることを告げていた。
「……遅いですよ、エカテリーナ」
冷徹な、高低のない声がホールの高い天井に反響した。
声の主、アルベルトは、大階段の麓に影のように立っていた。
いつもは完璧に着こなしている上着は脱ぎ捨てられ、真っ白なシャツの袖は肘まで無造作に捲り上げられている。
その白さは、この空間では異様なほどに清廉で、かえって狂気を感じさせた。
返り血一つ浴びていない端正な顔で、彼は足元に転がっている無惨な「肉塊」を、ゴミを見るような眼差しで見下ろしている。
数時間前までは、社交界で「高貴な血」を誇り、特権階級の椅子に踏ん反り返っていたはずの彼らは
今や豪華なペルシャ絨毯を汚し、死後硬直を待つだけの不快な障害物へと成り下がっていた。
その骸に宿っていた傲慢さの欠片も、今や重力に従うだけのただの肉に過ぎない。
「あら、もう終わっていたの?仕事が早いのね」
私は鼻をつく強烈な鉄錆の匂いに眉一つ動かさず、死体の脇に広がる不快な血溜まりを避けて、彼の隣に立った。
アルベルトの手元には、月光を反射して青白く光る、精密な外科手術用のような鋭利なメスが握られている。
彼は機械的な手つきで、遺体の関節を外していく。
迷いもなければ、無駄な力みも一切ない。
肉を裂き、腱を断つその動きは、解剖学に基づいたあまりにも合理的で賢明な「解体」作業だ。
人としての情動を一切介在させないその様は、芸術的なまでの残酷さを孕んでいた。
彼はまるで、熟練の時計職人が部品を分解するかのような淡々とした美しさで、命の抜け殻を解体していく。
「いいえ、まだありますよ……これを、地下の処理槽へ」
アルベルトの指示は、事務的な報告のように簡潔だった。
彼は切り分けた一部を、特製の大型ミキサー
───アルベルトがこの日のために、その「機能」だけを追求して特注させたであろう、魔力駆動の粉砕機へと放り込んでいく。






