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社長室から出てからどれくらいの時間が経ったのかわからないけれど、窓の外はすでに真っ暗になっていた。
あれだけ悩んだコピーも、何とかまとまり、今回は梨花ちゃんのアイデアがほぼ採用されそうだった。
悔しいけれど、この世界は実力勝負だから仕方がない。梨花ちゃんはキチンと仕事に向き合っているし、才能があるのだから、選ばれて当然だ。
今日1日頑張ったみんなも、それぞれに仕事を終え、帰る支度を始めている。
「お疲れ様でした」
一弥先輩と菜々子先輩は……今日も2人で一緒に帰るようだ。菜々子先輩が体を密着させていて、周りを気にせずラブラブオーラを出している。
私は、その光景に思わず目を逸らせてしまった。
もう……いいかげん、忘れさせて……
私は菜々子先輩には敵わない、張り合うこともできない相手なのだから、さっさと忘れてしまいたい。
「どうかしました?」
「あっ、梨花ちゃん」
「何だかつらそうですけど、体調でも悪いんですか?」
「あ、ううん。大丈夫だよ。ちょっと疲れただけだから」
「早く帰って寝た方がいいかもですよ~。恭香先輩、最近あんまり頭が回ってないみたいですから」
確かにその通りだ。
梨花ちゃんには見抜かれている。
「そうだね。なるべく睡眠取らなきゃね」
「菜々子先輩はたくさん睡眠取ってるから綺麗なんですかね? 肌もツルツルだし。うらやましいですよね。周りにはいつも男の人がたくさんいるし……。菜々子先輩、いいなぁ」
さすがに梨花ちゃんも、一弥先輩との関係に気づいているのかも知れない。
「梨花ちゃんも可愛いじゃない。いつもキラキラしてるよ」
「え~、そうですかね~? まあ、周りからはよくそう言われますけどね。じゃあ、私はこれで~。お疲れ様でした」
「あっ、うん。お疲れ様。気をつけて帰ってね」
「は~い」
嵐が去ったような気分になる。
ここまで自信が持てたら、人生はもっと華やかになるのだろうか。
私は、何だか気持ちが晴れないままだ。
私も早く帰りたいけれど……
本宮さんと一緒に帰ることは、誰にも知られたくなかったから、わざと雑用を探した。
「恭香、悪い」
少しして、どこかに行っていた本宮さんが戻ってきた。息を少し切らせている。
全員が帰ったのを見計らって、私に声をかけてくれたことを思うと、気遣いもできる人なんだとわかる。
「待たせたな。帰ろう」
「……は、はい」
気は遣えるかもしれないけれど、このスーツ姿で私の横を歩くつもりなのか?
さすがに見た目の差がありすぎて、かなり抵抗がある。
「電気消しますね。忘れものとか大丈夫ですか?」
「ああ。大丈夫」
私達は、真っ暗になったミーティングルームを出た。
「すみません……。駅までは離れて歩いてもらえますか? あまり人に見られたくないので……」
「……」
「お願い……します」
「……わかった」
別々に歩くようにして、離れたところから見た本宮さんの後ろ姿。
背がスラリと高くて足も長くて……
颯爽と歩く本宮さんを、道行く女性達がチラチラ見ているのがわかった。あまりのイケメンぶりに、二度見する人もいる。
こんなモデルみたいな素敵な男性が歩いていたら、きっと私も……嫌でも見てしまうだろう。
本宮さんは、知らないうちに、女性の視線をくぎづけにする魅力を振りまいているのだ。
このレベルの男性は、なかなかいない。
もうすぐ駅に着く。
今までは、通勤はきっと車だったのだろう。
まさか、これから毎日電車で通うつもりなの?
「あの。電車とか……乗るんですか?」
「ああ、別に電車は嫌いじゃない」
「そ、そうなんですね。電車にはほとんど乗らないのかと思っていました」
「たまには乗っている。なぜそう思う?」
「えっ、いえ……別に意味はないです」
御曹司は電車に乗らないなど、かなりの偏見だったかも知れない。住む世界が違い過ぎて、本宮さんの日常は謎めいている。
本宮さんは、普通に切符を買って改札を通った。
私も、後を追うように改札を抜けた。
電車がやってくる――
ちょうど帰りの通勤ラッシュで、ホームにはたくさんの人が待っていた。
だけれど、どれだけたくさんの人がいても、本宮さんを見失うことはない。この人が醸し出すオーラは、どこにいても消えることはない。
電車の扉が開いた瞬間、みんな一斉に車両になだれ込む。
気のせいか、いつもより人が多く感じる。
私達はめちゃくちゃに押されて、あっという間にはぐれてしまった。
その時、誰かが後ろから私の腕を少し勢いをつけて引っ張った。そのせいで、その人の胸の辺りに顔を埋めた私は、恐る恐るゆっくりと顔を上げた。
うわ……
そこには、あまりにも美し過ぎる本宮さんの顔があった。
私は恥ずかしくて、すぐにうつむいた。
心臓がドクドクと激しく音を立てる。
こんな状況、有り得ない。
周りに押されて全く動けず、私を支えている本宮さんの右手はぴたりと私の背中にくっついている。