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なにも言えずに強張った顔のままでいる優羽を強引に引き寄せ、ステップを踏み始める。
1 2 3…
ワルツのステップ。
およそ優雅じゃない、乱雑なステップだ。
「おら、とろいぞ。もっと足を動かせ」
歌唱力としてのリズム感は抜群でも、身体のリズム感はてんで無い優羽がセリフ以上に苦手にしていたのが、晩さん会に王子と踊る、このワルツだった。
錆びついたブリキ人形みたいになる脚が、ばさばさともたつくドレスに邪魔されて、余計にひどい動きになる。
けど俺は、リードするどころか、いつもより早いテンポで、ほとんど引き回すようにステップを踏む。
「彪斗くん…!もっとゆっくり…これじゃ練習にならないよ…!」
「厳しく、って言っただろ。ほら、姿勢が悪すぎだぞ。もっと背筋のばせ、よ」
ぐいっと優羽の腰を引き寄せる。
…すっげぇ細ぇ腰。
力いれたら、折っちまいそうだ。
コルセットが苦しいのか、優羽はもう息を上げていた。
白い首筋に朱が走り、どくどくと脈打っているのが、色っぽい。
突き離すようにターンさせて、引き寄せると、
「あ…っ」
バランスを崩して、優羽がもたれ掛ってきた。
「…おっと」
俺はその羽のような体重を受け止め、ぎゅうときつく抱きしめた。
「ったく、何度練習しても成果ねぇな。ヘタクソ」
そして、唇がつきそうなくらい近づけて、耳元で低く言った。
ムカつくんだよ。
この俺を、この俺様をこんなに情けなくしやがって…
おまえひとりの言動にいちいち翻弄されて、おまえが他の男の名を言えば、焦ってムカついて…。
くるくる気持ちが変わって、頭がおかしくなりそうなんだよ。
自分の心なのに、ぜんぜんセーブがきかねぇ。
「ご、ごめんなさい…。もっとがんばるから…」
離して…と懇願するかのように、優羽が俺の腕の中でか細い声を上げる。
黙って腕の力を緩めると、俺はまた玩具みたいに優羽をふりまわす。
「きゃっ…!」
ドレスの裾に足を引っ掛け、優羽が俺の胸に飛び込んできた。
不甲斐ない自分が悔しいのか、荒い呼吸を繰り返す顔は、今にも泣きそうなのをこらえるかのように、紅潮している。
ああ。可愛いな。
慰めてやるべきなのに、こんな時ですら見惚れるなんて、俺はもう、どうかしてる。
笑っても泣いても、なにしても可愛くて。
ぜんぶぜんぶ、こいつの存在そのものが愛しくて…。
優羽。
俺さ、おまえのこと、好き過ぎてたまんない。
どうすればいい。
もう
頭がいっぱいで、破裂しそうだ。
もういい加減、解放してやんないと、この想いに、押し潰されそうだ。
「…っ!きゃっ!」
乱暴なリードは、とうとう優羽を転ばせてしまった。
優羽は肩で息したまま、立ち上がろうとはせず、俺をにらみあげた。
「…どうしたの、彪斗くん?さっきからひどいよ。なにをそんなに怒ってるの?わたし、なにかいけないこと言った?」
吹き荒れる心とは対称的に、俺はロボットのように無表情に言い捨てた。
「るせぇな。さっさと立て。グズ」
「そんな意地悪な彪斗くんとじゃ、練習なんかできないよ…」
「意地悪?」
俺はドレスの裾を踏むと、しゃがんで優羽の顔をのぞきこんだ。
「おまえ、俺が意地悪だって言いたいの?」
「…だって、今日の彪斗くんヘンなんだもん…。いつもはやさしいのに…今は」
「俺はいつもと変わんねぇよ。考えていることは、いつもひとつだった。お前が言うやさしい時も、今も…」
「……」
戸惑うような表情を浮かべる優羽の左頬をそっと、そっと包んで、俺はニッと口端をあげた。
「…じゃあ教えろよ。俺がこれからすることも、おまえにとっては、『意地悪なこと』に、なるのか?」
細い腰を抱き寄せる。
「あや…」
そして。
不安げに俺を呼ぶ声を押し消した。唇で。
抱きしめた身体は、気の抜けたようにおとなしかったが、長く深くキスを重ねるにつれて、次第に身を強張らせ、抵抗の挙動をみせ始めた。
けど俺は、抱きすくめてそれを封じる。
「や…やっ…」
「なにがいやなんだよ。雪矢としたかったのか」
「ちがう…そうじゃない…」
「…っそ」
もう、なんでもいい。
唇、すっげぇやわらけぇ、甘ぇ。
夢にまで見た唇を、思う存分味わう。
それと同時に、俺は安心していた。
これが、優羽の初めてのキスなんだと解かったから。
その証拠に、優羽は途中からすすり泣きを漏らしていた。
無理もねぇな。だって、初めてには、かなり刺激の強いキスだから。
「…いじ、わる…意地悪…!」
ようやく唇を離してやると、
優羽は俺を押し退け、濡れそぼった唇から鋭い言葉を投げつけた。
そして、小鳥のように素早く、部屋から出て行ってしまった。
「そっか。やっぱ俺、意地悪か…」
独りきりになった俺は、真っ白になるくらいの冷静でいながら、優羽からの返事を繰り返した…。