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「……ん、んん……アル?」
珍しく、夜中に目が覚めた。誰かが、隣でうなっているような、そして抱き着いているような暑苦しさを感じたためだろう。
体を少し起こしてみれば、僕の服にギュッと手を掴んで苦しそうにうめいているアルフレートの姿が目に入った。黄金色の髪を、額に張り付けて、もう片方の手は苦しそうに胸あたりを掴んでいる。眉間にしわがよっており、顔色も悪い。はっはっは……と荒く、呼吸するのも苦しそうだった。
悪い夢でも見ているのか、それとも病気か。僕は、いったん離れて彼の様態を確認しようとしたが、「テオ」と呼ばれて体が止まった。
「アル、起きてるの……?」
そう呼びかけても返事がなかった。やはり、悪い夢でも見ているのだろうか。動こうにも動けなくて、彼の頭を撫でてみるなどしたが、依然として苦しそうなままだった。こんなアルフレート見たことがない。
故郷が燃えてからずっと無理しているなとは薄々感じていた。でも、いつも通りふるまってくれているから、アルフレートだから大丈夫だという慢心もあった。彼は強いから、勇者だから。そんなフィルターを通して、僕は彼を見ていたんだ。それが、彼を苦しめていることだって、知っていたはずなのに。
聖女の力を手に入れたからといっても、何も現状が変わっていない。
アルフレートがその力をかすべきだと言ってから、この力の話を誰かにするとかもなかったし、使っても来なかった。使う場面だってなかったわけだけど。
「テオ……」
「アル、大丈夫、ここにいるから」
「……行かないで、テオ。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
と、アルフレートは目にうっすらと涙を浮かべて狂ったようにそう口にした。何に対して謝っているのかわからなかった。でも、苦しそうな彼を見ていると、抱きしめなければと思って、再度布団にもぐって、彼を抱きしめた。すると、想像以上に彼の身体は冷たくて、震えていて驚いた。何とか温めようと抱きしめていれば「テオ?」と寝ぼけたような声が聞こえる。
「あ、アル。ごめん、起こしちゃった?」
「ん? んんん……大丈夫。テオが、俺の名前呼んでくれた気がして。怖い夢でも見たの?」
そう、アルフレートはゆっくりと目を空けて僕を見た。下から覗き込まれるような角度で。珍しいその角度に、何度か瞬きしてみたけど、怖い夢をみていたのは君のほうじゃないか、といえなかった。ぐっと言葉を飲み込んで「ちょっと寝苦しくて」と嘘をつく。本当のことを言ったほうがよかっただろうか。
アルフレートは俺が抱き着いていたからかな? と眉をペションと下げたけど、僕は違うんだといって、わからなくなって抱きしめてみる。
「甘えただなあ、テオは。俺は、そうしてくれるほうが、安心して眠れるけど」
「安心? なんで?」
「テオがそばにいてくれたら、そりゃ安心するよ。俺は、テオが好きだから」
「そ……か」
言葉が出てこない。
先ほどまで、ごめんなさいと何度も口にしていた人とはとても同一人物だとは思えない。何でだろうか。
彼が何にうなされていて、何を恐れているのかわからない。僕の腕の中で幸せそうに目を閉じた彼が、心の中で何を思っているのか。
今になって、十一年の重みを感じてしまった。
好きとか、大好きとか、そういうのは伝えるし、身体だってもう半部以上つなげている。でも、わからないことが多すぎる。
教えてくれたこと、きっとまだ話してくれないことがたくさんある。そのためには、故郷で過ごしたあの頃のことと、今のことどっちも聞かないといけない気がするのだ。
「テオ、ごめんね。起こしちゃったなら、本当に」
「ううん。大丈夫だから。その、アルって怖いものある?」
「怖いもの?」
「うん。ちょっと眠れないから質問しようと思って」
我ながら、切り出し方が下手だと思った。
僕が何を話しても、全肯定だから、アルフレートは「いいよ」と頷いてくれる。僕はそれに付け込んでいるな、と感じつつも、質問の答えを待つ。
「俺が怖いのは、テオを失うこと……かな。一番はね」
「じゃあ、二番は?」
「二番かあ……なんだろう。平穏な日々が壊されること、違うな……勇者でい続けること」
ぽそっとつぶやいたんだろうが、聞こえてしまった。
勇者でい続けることが彼が思う怖いこと。
僕を失うこと、と一番に出てきてくれるのは嬉しいけれど、それと対局というか、全く関係ないところにあるのが、そっちのほうがアルフレートの本来の恐怖ではないだろうか。
「アル、アルのこともっと聞かせてほしいんだけど、いい?」
「いいけど、俺の話は面白くないよ」
「また、アルはそういう! 面白いんだよ……いや、面白いというか、アルのことを知れることが、僕は嬉しいから。だから、そんな自分のこと隠さないでほしいんだ」
アルフレートの悪い癖は昔から治らない。
きっと彼自身、もうそれにすら気付いていないんだろうけど。
(そうやって強がって、自分より他人を優先する)
強くて優しいのがアルフレートだけど。でもそれは、誰にも頼れない一人でやってしまうということ。頼り方を知らないのはもちろん、一人で何でもできてしまうと知ってしまったから、きっと彼は迷惑をかけないようにと一人でやる。
村にいたころの、まだ何物でもなかった頃のアルフレートもそうだったから。
彼は、そうかな、というように首を傾げていた。困ったように笑うときは、どう感情を表に出せばいいかわからないとき。
ああ、僕もわからないわけじゃないんだと、彼を見て思う。知らないことは多いし、教えてくれなくて、こっちからも聞けないこともいいけど。でも、わかることだってあった。
学園長も、担任もアルフレートを、貴族のご子息か勇者としか見ていない。一人の学生扱いは絶対にしなかった。体裁の問題もあるし、それがアルフレートだと思っているからだ。けど、実際は、アルフレートは僕と同じ十八歳で、大人なんだけど、大人と子供の境目にいる成長期。それを、周りの期待によって抑圧され、神話化したのが勇者アルフレート・エルフォルクだ。
僕は、彼の頬を包むようにして抑えるとちょっと目を吊り上げて睨みつけてみた。
「アルの悪い癖だよ。僕にも言えなかったら、誰に言えるのさ」
「……誰にも、いえないけど」
「依存してもいいよ、でも、それでアルが壊れるのだけは嫌だ」
素をさらけ出せるのが僕の前だけだったとしてもいい。でも、僕の前でさえさらけ出せなくなったら、彼の人格は壊れてしまうのではないだろうか。今だって、心をすり減らしているっていうのに、これ以上は。
アルフレートは、まだわかっていないような顔をしていたけど「じゃあ、何からはなそっか」と話をようやく持ってくる。
「十一年の話。公爵家……の話は、あまり好きじゃないんだけど」
「じゃあ、一人で旅していた話とかは?」
「まだそっちならいいかも……じゃあ、話すね」
息を吐いて、目を閉じて。精神統一をするように、彼の周りだけ時間がゆっくりと流れる。
「旅、といっても各地を巡って魔物を討伐するだけの簡単なお仕事。行く先々で、いろんな人に出会って、そこで魔物を倒したら感謝されて。勇者様ってお金とか、食べ物とかもらって。野宿もしたよ。でも、野宿はあれだね、危険だからあんまりしたくないや」
「魔物にいつ襲われるかわからないから、だよね」
「うん。それもあるけど。自然の中で眠ったら、そのまま行方不明になってしまいそうで。道はわかるんだけど、ふと目を覚ました時に、道がないというか、自分がどこからきて、どこに帰ればいいのか、どこに向かえばいいかわからなくなるというか」
そんな感覚は僕にはなかったから新鮮だった。
野宿が嫌なのは、てっきり魔物を引き寄せる体質だからとばかり思っていたからだ。だが、アルフレートの話を聞いて、それが違うことに気づく。そして、彼の感覚は、やはり常人では理解できないものだった。それゆえに、孤独をちらちらと感じてしまう。
「それと、感謝されることも慣れてなくて。みんなを守れたこととか、役に立つことは嬉しいんだけど、名前では呼んでもらえないというか。勇者アルフレート・エルフォルクっていうのが、正式名称みたいな。勇者様、勇者様って。みんなが俺に求めているのは、勇者である俺なんだって思うのがつらくて。じゃあ、俺が勇者じゃなかったら、きっとここまでみんな優しくないんだろうなとか」
「勇者として向けられる、期待とか、だよね。アルが嫌だって言ってるの」
「うん。勇者じゃない自分を見てほしい。でも、この力がある限りは無理なんだろうとは思うよ。思うけど……父さんのいったみたいに、勇者じゃなかったらって考えたことはあるよ」
そこで、アルフレートは息継ぎをする。
何度か考えて、僕を抱きしめて、答えが出せないというように、頭を僕の肩に押し付ける。
まだ、彼は意識がはっきりとしていないからだろうか。寝ぼけているからこんなにもつらつらと、これまで話してくれなかったことを話してくれるのだろうか。それとも、言わなければやっていけないほど限界なのか。
(アルが、勇者じゃなかったら、十一年の間ずっと一緒にいれただろうけど。そしたら、故郷が襲撃されて、アルも……)
力がなければ守れないし、生き残れない。僕は、聖女の力を授かったとき、それを感じた。力を得られたからどうにかできると。
アルフレートは力はあるべきだが、ほしい力じゃなかったと。
「父さんはね、あの後首をくくって死んでいたよ。魔物に殺されるくらいならって思ったのか、それとも俺が帰ってきたことによる、狂乱か。なんか、俺のせいで不幸にしている気がしてならない」
故郷のこと、アルフレートはそういって、また僕の服をぎゅっと握る。
そういえば、そうだった。アルフレートの本当のお父さんは、焼けて見つかったんじゃなくて、庭の木にぶら下がっていた。それを、アルフレートが見つけて、地面におろして埋めたんだった。実際どんな状態だったか、僕は見ていない。アルフレートも見せたくなかったのだろう。
村は燃えた。何も残っていない。
最後の最後までアルフレートを傷つけて、僕たちの楽しかった記憶も燃えてしまった。
心には残っているはずなのに、思い出すたび、いらないノイズが走る。
「俺がいると、不幸になるのかな。大勢の人を幸せにする分、少数の人が犠牲になる……それは、全部救ったことにはならないよ」
「……そんな、アル」
否定はできないけど。
彼がすべて守りたいという気持ちを持っていたことは、不思議ではなかった。でも、そこに勇者の意思が入り込んできている気がして仕方がない。本当のアルフレートは守りたいものを守るような、もっと手の届く範囲のヒーローだったのに。
考えても仕方ない、否定もしない。
僕は、アルフレートを優しく抱きしめて、ちゅっと髪にキスを落とす。きっとまだ、つらいことが続く。簡単には終わらない。あと、二年……その間にきっと、終わるだろうけど。
「なんで俺だったんだろうね」
意識がまたうとうととし始める直前に、そうつぶやいたアルフレートの声が僕は頭から離れなかった。