4
僕と真帆は、魔力磁石の指し示す方へ向かって歩き続けた。
生物室から廊下に移動し、一番端の音楽室の前で階段を下りて二階へ。
二階に下りたら全ての教室の前を通過して、端にある美術室の前で一階へ。
一階に下りたら家庭科室の前を職員室の方へ向かって歩いて――
「おう、何かわかったか?」
職員室の方からこちらに歩いてくる井口先生に声を掛けられ、真帆は、
「いいえ、何も」
とすれ違いざまに返事する。
井口先生は「あ、そう」とどこか寂し気に返事して、グラウンドへ出ていった。
僕はそれを見送ってから先を行く真帆のところまで小さく駆け、
「なんか、ただずっと歩いてるだけじゃない?」
「そうですね」
短い返事。
それから職員室の前を素通りして、隣の校長室の前も通り過ぎて、ぱたりと真帆は足を止めた。
「放送室?」
「入ってみましょうか」
真帆は鍵の差込口に指先を当て、小さく何かを呟くと、くるっと指先をわずかに回した。
その途端、カチャリと音がして鍵の開く音がする。
「……すごいね。こんな簡単に開けられるなんて」
改めて口にすると、
「昔ながらのタイプの鍵だったら、だいたい開けられますよ」
「ってことは、開けられないタイプもあるってこと?」
「カードキーとか、タッチキーとか、あと暗証番号が必要なものとか、ちょっと複雑なものは開けられません。仕掛けが解れば開けられるかもしれませんけど……」
「けど?」
首を傾げる僕に、真帆は笑みを浮かべながら、
「わざわざそんなこと勉強するくらいなら、もっと他の魔法を勉強しますよね」
「まぁ、そりゃそうか」
答えて僕はドアノブに手を掛けた。
カチャリ、とドアを開け、真っ暗な中に入る。
すぐ近くの電気のスイッチをONにすると、ぱっと白い電気が辺りを照らした。
眼の前には何だか複雑そうな機械がいくつも並べられており、一枚の大きなガラスが嵌められた壁とドアを挟んだ向こう側にはマイクと大きな机が置かれている。
たまにテレビなんかで見かける、ラジオの収録スタジオみたいだ。
思えば放送室なんて、小学校からここまで、初めて入ったような気がする。
「なんか色々いじくってみたくなる場所ですね」
真帆がぼそりと言って、
「やめてよ? そういうことするの」
「しませんよ、安心してください」
今はね、と付け加えたことを僕は聞き逃さなかったけれど、とりあえずスルーしておく。
それから部屋の中を一通り見渡して、
「ここで例の避難指示の放送を流した?」
「じゃないですかね?」
機械が多すぎてイマイチ何が何だかわからない。
何かそれ用のボタンがあるんだろうか?
そういうのって、やっぱり先生が流すんだろうか?
それとも放送部? それはないか。緊急事態だし。
「さて、次行きましょうか」
放送室から出ていく真帆を追いながら、
「あぁ、うん」
と僕も放送室をあとにした。
そこからすぐ近くの階段をまた二階へ上り、廊下の途中まで歩いたところで、渡り廊下で繋がる図書館棟の方へ軌跡は続いていた。
図書館棟は二階が図書室になっており、その隣には司書室が、一階に下りると二つの会議室が並び、その向かいにあるのが僕もよくお世話になっている例のカウンセラー室だ。
僕たちは解放されている図書室にいったん入り、中をぐるりと周回したあと、階段を下りて一階へ向かった。
「いったいどこへ向かってるんだろう」
僕は独り言ちるように、
「結局、校舎中を一通り巡っちゃったけど……」
「さぁ?」
真帆は小さく答えると、二つの会議室前を通過して、カウンセラー室のドアの前で立ち止まった。
そのドアに取り付けられた小さな摺りガラスの窓からは、部屋の明かりが漏れている。
「……ここ?」
「はい」
答えて真帆は、がちゃりと無遠慮にドアを開けた。
中に入り、緒方先生の姿を探したけれど、どこへ行っているのか留守だった。
しんと静まり返った部屋の中、真帆と僕は辺りを見回す。
「――ここにも特に何もないね」
僕がそう口にした時だった。
「いいえ」
と真帆が首を横に振って、二脚並んだソファーの方へ足を向けた。
それから窓際のソファーをじっと睨みつけていたかと思うと、おもむろに腰を屈め、まるで宙を掴むようなしぐさをしてから、
「……見つけましたよ、魔術書」
と口にした。
「えっ?」
僕は思わず声を漏らして、
「どういうこと? なにもないじゃないか」
思わず大きく首を傾げる。
すると真帆はニヤリと笑んで、
「見ててください」
言って宙を掴んでいた手にぐっと力を入れた瞬間。
――バサリ
途端に茶色い何かが床の上に落ちたかと思うと、
「あっ」
どこかで聞き覚えのある声がした。
「あなた、誰ですか? 返してください、私の魔術書!」
真帆が怒りの声を上げる、その先に見えたのは。
「じょ、冗談じゃない! これは元々あたしの本なの! 誰があんたみたいな問題児なんかに!」
茶色いミディアムショートの髪を揺らしながら、その少女は立ち上がって。
「何言ってるんですか! それはシモフツくんのご両親が買い取ったんですから、もうあなたの本じゃありません! 今すぐ返してください!」
「嫌よ! 誰が返すもんですか! だったらお金返せばいいんでしょ? いくら?」
「お金なんて要りませんから、その魔術書を返してください!」
「嫌だって言ってんでしょうが!」
「返せ!」
「イヤ!」
目の前で繰り広げられる魔術書の奪い合いを眼にしながら、僕は呟く。
「……えっと、榎、先輩?」
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