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「天狗の隠れ蓑」
そう口にしたのは、真帆だった。
その手には茶色い古めかしい蓑?が掴まれており、それをぶらぶらさせながら、
「随分古い魔法道具ですね」
と棘を含んだ言葉を口にした。
榎先輩は胸に魔術書を抱きしめながら、
「……ひい爺ちゃんが残したものの一つだよ」
ぼそりと答える。
取っ組み合いの喧嘩に発展しかけたところで何とか二人をなだめて、今は二人ともソファーに腰掛け、眼も合わさず互いにそっぽを向いていた。
僕はというと、そんな二人を見上げながら、床の上であぐらをかいている。
何だかよくわからないけれど、あの魔術書はもともと榎先輩のひいお爺さんが書き残したものらしく、魔法に一切興味がないご両親の手によって、いつの間にか古書の買い取り屋さんに売り飛ばされていたんだとか。
「榎先輩も、取り戻したいなら素直に僕に言えばよかったじゃないですか」
僕がそう言うと、榎先輩は「ふん」と鼻を一つ鳴らして、
「言えるわけがないでしょ? 私がこの本の行方を追えたのは、栞の魔法のおかげでしかないんだから。それをどう説明すれば言いわけ? 昨日、夢であなたの部屋に私の本があるのが見えたの、だから返してくれない?」
それから僕に視線を向けて、
「そんなこと言われて、普通、信じてもらえると思う?」
「あぁ、いや、まぁ」
確かに、普通に考えたら無理がある。信じられるわけがない。
この先輩、なんかヤベェって思って無視していたことだろう。
「私もね、シモハライくんの部屋が見えた時、どうやって取り返そうかなって迷ったのよ。いっそのことシモハライくんの家に忍び込んで盗み出そうかなって。でも、さすがにそういうことはしたくなかった。民家への侵入だなんて、下手したら警察に捕まっちゃうもの。それだけは絶対に嫌だった。なるべくなら、目立たずに取り返したいじゃない? そんなふうに悩んでいた時、シモハライくんが夢の中で、私のことを楸さんって呼んだのよ」
そう言えば、何度か名前を呼んだっけ。
というか、どこからどう見てもあの姿は真帆だったんだけどなぁ……
思っていると、それ察したのか真帆が横から口を挟んだ。
「夢って、とても曖昧なんです。実体がない関係上、自分の意思や他人の意思によって、その姿かたちはいくらでも変わってしまうんです。今回の場合、シモフツくんの頭は私のことでいっぱいだったんでしょう。だから、シモフツくんの夢に入ってきたこの人――榎さんを私として認識してしまった。そういうことだと思います」
榎先輩は頷き、
「そこであたしは、シモハライくんとこの問題児で有名な楸さんの関係を知ったってわけ。そして思ったんだ。だったら、それを利用して学校にこの本を持って来させて、こっそり奪っちゃえばいいんだってね」
「それで、あんな火事騒ぎを起こしたんですか?」
そうだよ、と榎先輩は頷くと、
「それに、今なら派手に動いても、すべてを楸さんの所為にできそうな雰囲気だったしね」
「――わ、私をはめようとしてたんですか?」
途端に榎先輩の方に顔を向け、驚きの声を上げる真帆。
それに対して、榎先輩はくつくつ笑いながら、
「だって、あんなことすんのって、たぶん学校中探してもあんたくらいのもんでしょ?」
「う、ぐぐぐぐ」
珍しく真帆は言い返さなかった。
というか言い返せなかったらしい。
「……でも、どうやって魔術書を盗んだんです? あの時、生物室に榎先輩がいたってこと?」
「だから、これがあるじゃないですか」
そう言って真帆が掲げて見せたのは、あの茶色い“天狗の隠れ蓑”だった。
「あぁ、それそれ。それ、すごいよね。姿を消せるんだっけ。やっぱり魔法のアイテムだったんだ?」
「でもこれ、そんなに都合のいいアイテムじゃないですよ?」
見てください、と真帆は隠れ蓑を羽織って見せる。
それを見て、僕は思わず口をぽかんと開けてしまった。
姿が消えているのは蓑を羽織っている腕と胴体だけで、首から上と脛より下は完全に丸見えだったのだ。
「ほらね」
と口にする真帆に、僕は、
「……なるほどね」
たぶん、あの床に充満していた白い煙は、この丸見えの足元を隠すためだったんじゃないだろうか。
頭は蓑自体を上から被ってしまえば何とかなりそうだけど、そうすると、どうしても足だけは丸見えになってしまう。
それを隠すために、わざわざ白い煙を焚いたのだろう。
そうして真帆を躓かせて、落とした魔術書を奪い去っていった。
たぶん、そんな感じだったんだ。
「さっきもそうです」
真帆は榎先輩の方に向きながら、
「榎先輩って背が高いじゃないですか。うまくソファーの上でくるまってたつもりだったんでしょうけど、脚のあたりが丸見えでしたもの。いっそお尻を出してくれてた方が笑えましたね、頭隠して尻隠さず、っていうじゃないですか」
自分で言って、「ぷぷっ」と噴き出す真帆。
それを無視して、僕は先輩にさらに訊ねた。
「一昨日のペンタグラム、どうしてグラウンドに描いたんですか?」
「ペ……なんだって?」
「ペンタグラム。あの五芒星ですよ」
「あぁ、魔法陣のことか」
と榎先輩はこくこく頷き、
「そうだな。それを説明しようと思ったら、ちょっと長くなるけど、いい?」
「はい」
「長い話は聞きたくありません」
僕は思わず真帆を睨む。
「……真帆?」
真帆は「ちっ」と舌打ちすると再びそっぽを向き、けれどそれ以上は何も言わなかった。
榎先輩は同情するような顔をこちらに向けて、
「……シモハライくん、よくこんなのと付き合おうなんて思ったね?」
「いや、もう、ね、本当」
なんて言ったらいいのか、説明する気にもなれず、
「まぁ、それは置いといて、話を聞かせてください」
「あぁ、うん」
と榎先輩は返事して、ゆっくりと口を開いた。