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いんやぁー!と、驚きの声が上がった。
上野国、国司の館、調理場《くりや》では、下働き達が、車座になり、一息ついていた。
「タマちゃん、まるっこいのぉー」
「タマちゃん、喋るんじゃねぇー」
「タマちゃん、犬なんかい?」
タマは、下働きのおばちゃん達に囲まれて、お手だの、お座りだの、なんやかんやと、いじられていた。
「おばちゃん達、タマで遊ばないでください!」
いやぁー!怒ったよー、かわいいのぉーと、またまた、歓声が上がった。
「えーとー、こちらは、姫猫様です。都の、御屋敷にいた、猫様ですからね。おばちゃん達、気を付けてくださいよ!」
都!御屋敷!ひゃあーーー!
またまた、歓声が上がり、おばちゃん達は、一斉に、タマの後ろで、丸まっている一の姫猫に向かって平伏した。
「あーー、わしら、タマちゃんばかり、相手にして、失礼な事をしてしもうた」
「なんせ、田舎もんじゃて」
「姫様、どーぞ、お許しくだせぇ!」
姫猫に向かって、頭をすりつけているおばちゃん達にタマが言う。
「しかたあるまい。このタマが、仲介いたそうぞ。姫猫様、この者達にご慈悲を」
タマちゃん、すまねぇー。
タマちゃん、頼りになるねぇ。
などなど、おばちゃん達は、タマを誉めちぎる。
「……馬鹿……みたい……」
姫猫が、呟いた。
「うわーーー!!姫猫様!ご、ごめんなさい!おばちゃん!もっと、機嫌をとって!!」
タマも、おばあちゃん達も、焦りきっていると、
「タマ!何、遊んでるの!おばちゃん達は、忙しいのよっ!」
紗奈の叱咤が飛んで来た。
「ありゃ!姫殿様《ひめとのさま》じゃ!」
「……なんなの、その、姫殿様ってのぉ……」
面映ゆそうに、もじもじする紗奈へ、タマが言った。
「だって、上野様、じゃなかった、徳子《とくこ》様は、館の殿様みたいな、迫力ありますからねえー、それに、牛車に乗って、空を飛んで来たから、もう、即、跡取りって、決まっちゃったし」
「いや、それなら、かぐやの姫様とか、なよ竹の姫君とか、なんか、そーゆー、響きの良い呼ばれ方じゃない?って、タマ!あんた、また、上野だ、徳子だ、わざと言ってるでしょ!そもそも、ここに居るのは、おばちゃん達の、仕事の邪魔だからっ!」
「えー!そういう、上野様だって、何しに裏方へ来たんですか?」
あー、それは。
紗奈が、理由を言おうとしたとたん、おばちゃん殿ーー!!と、雄たけびが響いた。
「はあー、もう、腹が減って、たまらん!何か、食べる物は、あるか!」
崇高《むねたか》が、調理場へ飛び込んで来た。
そして……。
「さあ、さあ、家令《しつじ》様も、こちらで、腹ごしらえを」
眉間に深い深いシワを寄せた、常春《つねはる》の機嫌を取っている。
「あー、モジャ殿、私は、大丈夫。お気遣いなく。モジャ殿こそ、しっかり、腹ごしらえを!まだ、次が、ありますからねー」
言いつつ、常春は、うんざりしたかの顔をして、板の間に、座り込んだ。
「兄様、また、ですか?」
常春の、不機嫌極まり、疲れきっている様子から、紗奈は、ひと悶着あったのだと、読み取った。
国元へ、戻ってみると、確かに、長兄は、床《とこ》についていたが、臥せっているのは、退屈と、昼間から、女房達を集め、つまりは、女達をはべらせての、何がなんだかの、状態だった。
困ったことに、父も、見舞いに来たごとで、共に、遊興に励んでいる始末。
辛うじて、館は、紗奈の母、北の方が、しっかりと守っていたが、そもそも、田舎、領地は、元から居る豪族が、私物化し管理しており、適当な報告を、国司である、紗奈の父へ伝えていた。
それが、土地の慣習であるのだが、集まるはずの、年貢は、めちゃくちゃ、民をまとめる者もおらず、豪族達のやりたい放題。下の者達は、泣き寝入りの日々だった。
しかし、ここは、他国とは、異なる。あくまでも、親王が治める国、であり、その、代理を、紗奈の父が受け持っているのだ。
都へ、適当な年貢を納める訳にも行かず、定期的な報告も義務付けられているのであるが……。それも、当然、当たらずさわらずのもの。ついでに、館の、資産管理も、不明瞭な部分がありで……。
そこで、常春が、家令となり、崇高は、護衛を兼ねた、家司《ほさ》となり、めちゃくちゃ具合を、一掃しているのだった。
「もう、田畑の面積から適当になっているし、そんなで、適切な、年貢は、集められない。そもそも、管理している、豪族達も、根本的なことが、分かってないから、話が通じない……」
ふう、と、常春は、息をつき、出された水を飲む。
「モジャ殿がいて、助かります」
土地の豪族といえば、まさに、荒武者。理詰めの常春では、まるで、歯が立たないのだ。
「いやいや、女童子殿の、気っぷの良さには、我も、かないませんわ」
ガハハハと、崇高は、大笑いする。
「だなあー、紗奈の凄さが、身に染みるよ。何せ、都時代、御屋敷に、突然現れた、検非違使に向かって、わからんちんの、髭モジャ!と、食ってかかったんだから。それも、五つの時だよ」
ひぇえ、都の、け、検非違使様に、そのような、と、おばちゃん達は、息を飲み、慌てて、紗奈へ向かって、姫殿様じゃー!と、平伏した。
「あー、もうー!わかったから、おばあちゃん達、何か、食べるものを、兄様達へ!」
はいはい、と、あしらいながらも、紗奈は、崇高へ言う。
「モジャ様!わからんちんめには、モジャ様の、モジャモジャを、見せるのです!!それで、大方は、こちらに従うはず!!」
「おお!そのことよ!女童子殿!今日も、一人、手強いのがおったゆえに、胸元を、緩めたわ!」
「ああ、モジャ殿の、モジャが、飛び出して、相手も、大慌て。鬼が出た、とか、言ってたっけ」
常春が、くくく、と含み笑い、肩を揺らしている。
「じゃ!顔を、紅で、赤くしますかっ!!」
紗奈!と、常春が、叱咤して、だって、鬼っぽく見えた方が、と、紗奈は、言い訳しながらしゅんとする。
都に居た時と、変わらずの光景が、ここでも繰り広げられていた。