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「順番ですよ!」
少し苛立ち気味の、守恵子《もりえこ》の声がする。
「うーん、守恵子様、餌やりは、やっぱり髭モジャ様に、頼んだ方が……」
後ろで、鍋を手にした童子、晴康《はるやす》が、言った。
裏庭で、足元に群がっている、猫に、守恵子は、四苦八苦しながら、
「髭モジャは、何かと忙しそうだし、これくらいなら、私にもできると思っていたのだけど……」
と、首を傾けている。
「あっ、そうだ!髭モジャ様になればよろしいんですよ!」
「ん?つまり、私が、髭モジャの振りをして、猫をまとめるという訳ね!」
はい!と、童子、晴康は返事をした。
「うむ!猫どもよ!飯は、順番じゃぞ、ちゃんと、並ぶのじゃ!」
守恵子は、髭モジャの声色を真似た。
ぶっと、晴康が吹き出す。
「まさか、本当にやっちゃうなんて、守恵子様ったら」
猫は、腹が減ったと、変わらずニャー、ニャー、鳴いていた。
「うむ、おかしいのぉ、ワシは、髭モジャぞ?!」
なりきる、守恵子の姿に、
「仕方ないなぁ、親分猫様、よろしくお願いします」
「おお、承知。こりゃ、みておれんわ」
ほっほっほ、と、笑いながら何処からともなく現れた、親分猫へ、晴康が頼み込む。
親分猫が、ニャン、と、一声鳴くと、たちまちに、猫達は、列を作り、守恵子に従った。
「まあ!やっぱり、猫達は髭モジャに、慣れているって、事なのね!」
これからは、髭モジャの振りをしようかしらなどと、守恵子は、ご機嫌だった。
そして……。
「姫君、猫施薬院は、上手く行っておりますか?」
あっ、と、守恵子は、小さく叫ぶと、聞こえた声の主へ顔を向け、
「師匠様!」
と、弾けるように答えた。
「あーっと、私は、邪魔かも、というか、薬師様、いかがなされたのですか?」
晴康が、現れた、守恵子の師匠役、薬師こと、康頼《やすのり》へ、この様な所にまで、と、問った。
「あ!申し訳ございません!お方様へ、薬草をお届けし、御腹のやや様の、具合を拝見しておりましたら、髭モジャ様が、童子殿を、探しておられ……ですが、奇妙なことに、裏庭に、姫君と、いる。と、居場所を御存じ、ならば、ご自身で、ここへ、向かわれたら良いものを……」
うーん、変わったお方だ、と、康頼は、言っているが、晴康と親分猫は、あの男、なかなか、鋭いですなぁ、などと、声を潜め、頷き合っていた。
「おお、私もお手伝いいたしましょう」
と、猫の多さに、康頼は、餌やりをかって出る。
「むむ、かなり、抜け目のない男じゃ」
「うーん、そうですかねー、親分。なんとなく、どっちもどっち、だと、私は思いますけど」
晴康は、こっそり、親分猫と語り合う。
「童子殿、髭モジャ殿が、出かけるとか、なんとかと……童子殿を探しておられたような……気もいたしました」
康頼のどことなく、自信なさげな、口ぶりが、晴康には、何か、引っ掛かった。
「えっと、康頼様、それは、私に、供を、と言うことでしょうか?」
「いや、そうゆうことでもさそうだったなぁ、何やら相談したいそうな……」
うわっ、わかった、わかった、と、康頼は、餌の催促か、足へじゃれつく猫達に、気をとられてしまう。
晴康は、餌の入った鍋を、薬院様、お願いしますと、手渡し、守恵子には、お師匠様の言いつけをお守りくださいと、言い残し、駆け出した。
背後から、ニャーニャーと鳴く猫達に迫られ、悲鳴を上げる、師匠と弟子の慌て具合に、晴康は、頬を緩ませつつも、
「親分、私の、袂《たもと》に、潜り込むの辞めてくださいよ」
と、袖を見やり、親分猫に言った。
「いや、この歳になると、歩くのがおっくうでのお」
「まっ、いいですけどね、なんだか、また、厄介な事が起こってるような、気がするんです」
「うん、当たりじゃろ、それ、髭モジャが……」
親分猫の言う通り、髭モジャが、晴康殿!と、こちらを目ざとく見つけ、走り寄って来た。
「また、今度は、なんですか?」
「それがじゃ……」
いつも以上に、髭モジャは、顔を引き締め、晴康に迫ってくる。
「……罠かも、しれん」
「ん?」
「誘き出されてるのか、どうか、わからんのじゃ」
「いや、髭モジャ様、私は、話がわかんないんだけど?」
唖然としている、童子、晴康の姿に、髭モジャも、おお!これは、すまぬ!と、謝りつつ、事の次第を語り始める。
「なるほどね、確かに、そろそろ、準備しないとなぁー」
「じゃろう?そう思って、ワシも、心当たりを探してみたが……」
「薬院様の、勧められる方が、よさそうだと思ったと」
「じゃがなあー、良く良く話を聞くと、どうも、納得できぬ。おかしいのじゃ」
「それで……、出向くべきか悩み中か」
晴康に向かって、髭モジャは、こくこく頷いた。
髭モジャは、徳子《なりこ》出産に備え、当日、祈祷を行ってもらえそうな、僧を探していた。
貴族の出産となると、揃えるものが、多い。
出産の為の産屋、これは、すでに、大工を雇い建て始めていた。
そして、物の怪避けの、弦打ち──、弓の弦を鳴らして悪霊や邪気を追い払う習慣だが、その役目も、守満《もりみつ》、髭モジャ含め、屋敷の男達、非番の検非違使にと、声をかけた。
残りは、加持祈祷のみ。
すると、康頼に、最近、施薬院を手伝ってくれている、僧達が、いる、と、聞かされた。物腰も柔らかで、皆に、慕われているというが、その寺は、洛北、つまり、都の外の、山寺とか……。
「施薬院には、あの香を、求めに来るものもいる。もっとも、その様なもの、施薬院には、ないが。そして、数々の屋敷から、香に、やられた使用人達が、やって来ている。そこへ、今頃、僧が現れた……」
「臭いますね」
「じゃろう?」
「うーむ、成る程、あの、小わっぱは、出家したそうじゃし」
「だが、秋時は、あれだけ、都で、遊び呆けていたのだから、面が割れている」
「晴康殿、琵琶法師、じゃなかろうかと、ワシは、睨んでおるのじゃ」
「あー、ついでに、取り巻き、みたいなのも、来てるかもしれないなぁ」
うーん、髭モジャ様の言うことも一理も二理も、ありますねぇ、と、晴康まで、考え込んだ。
「折角の、薬院様のお勧め、一度、確かめて見ればどうじゃ?」
親分猫が、二人へ言った。
「ワシもいくぞよ、そして、繋ぎも、荒くれも、連れていこう」
「あー、つまり、親分猫も、怪しいって、思ってるのかー」
晴康は、髭モジャへ、どうするか、問いただした。皆、怪しいと感じている。ならば、関わることなどない。
「気は、進まん!しかし、仮に、怪しい輩なら、施薬院から、追い出さねばならぬ!薬院様の、しいては、守恵子様の為!」
だよねー、そうじゃにゃー、じゃろー?
と、言うことで、話は決まり、髭モジャ、童子晴康、親分猫とその子分達は、裏を取るため、山寺とやらへ、出立したのだった。