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『お前は中学生の時に、東京総芸大吹奏楽団の演奏会でラッパソロを吹いていた男性奏者に憧れ、衝撃を受け、自分もトランペット奏者になりたいって言っていたな?』
『はい、そうです』
『その男性奏者は…………俺だ』
『え……? 響野先生……だったん……です……か?』
思いもしなかった師匠の言葉に、瑠衣はただ目を見張っている。
彼女も、まさか憧れていたトランペット吹きの男性が、目の前の恩師だとは思わなかったようだ。
『ああ。多摩地区公演はあの一度だけの演奏会だけだし、ラッパソロは俺が吹いていた。自分でこんな事をバラすのも気恥ずかしいが』
侑は顔を俯き加減にさせながら、照れ隠しをしているのか首の後ろを軽く指先で掻いた後、顔を上げた。
『大学時代の俺は、自分の演奏と音楽の方向性に迷い、苦しみ、もがき続けていた時期だった。今のお前のようにな』
侑は立ち上がり、傍に置いてあった楽器ケースを手に取り、椅子の横に置くと再び椅子に腰掛ける。
『九條が総芸大の多摩公演に来ていたっていう話と、俺を見てトランペット奏者になりたい聞いた時、俺は一人のトランペット吹きの人生に多大な影響を与えていたんだな、と思ったし、何としても、九條を一人前のトランペット奏者に育て上げないとならない、九條の人生に責任を取らなければならない、とも感じていた』
師匠の言葉に、先ほどまで唇を震わせながら泣きそうになっていた瑠衣が、いつの間にか真剣な眼差しを向けて、侑の言葉に耳を傾けている。
『九條の言葉を聞いて以来、俺も中途半端な教え方はできない、と思った。だからお前には相当厳しい言葉をレッスン中にも言い続けたが、お前は負けじと俺のレッスンに付いてきた』
厳しくも温かい言葉を聞き、瑠衣の表情が少しずつ和らいでいくが……。
『お前が大学院に進学が決まり、恐らく俺がレッスン担当になるだろうと考えて、院に進学したら、どういう指導をしていこうか、と計画を立てていた。だが…………俺の両親がオーストリアで事故死して……日本にいられなくなってしまった』
侑が続けた言葉に、弟子の表情が徐々に強張り始め、唇を微かに開いた後、ギュっと噛み締めた。