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「な、何を、い、いや、いけません!このような裏方に、足を運ばれては!!」
突然の事に、常春《つねはる》は、しどろもどろになりながら、守恵子《もりえこ》へ意見した。
「仮にも、内大臣家に仕える方々が、お怪我をされているというのに、お世話もしないとは、話になりませぬ!それでは、施薬院《やくいん》へ、送れというのですか?!元はといえば、中将のおじ上様が、灯り高台を、倒してしまった粗相からのこと、おじ上様も、お怪我をなされている今は、当家で、皆様の面倒を見るのが筋ではないですか?ですから、私は、お世話に来たのです。しかし、本当は、ちがうのですね?」
常春!と、守恵子が、真実を言えとばかりに、食ってかかった。
「確かに、施薬院へ送り込め、と、言わない大納言家は、ご立派です。しかしながら、守恵子様は、単に、筋、で、話をされている。仮に、今回、関わりがなければ、何故、人々を救護する場所、施薬院があるのに、そちらへ送らないのですか?と、おっしゃることでしょう?」
都には、市場同様、公の施設がいくつかある。その一つ、九条に位置する施薬院は、民に薬を与え、病を癒す場所なのだが、官僚の汚職や腐敗により、その運営は、必ずしも良いとは、言えないものだった。
そのような場所に、送り込まなかったのは、おそらく、髭モジャ達、現場を知っている者がいたからだろう。そして、皆を大納言家へ、運ぶ為に、守孝が、出火原因であると、でっち上げたのかと、常春は、守恵子の話しぶりから察した。
そう、皆、火災に、ではなく、唐下がりの香に、やられているのだ。そして、守近と守孝も、なんらか、香に、関わっているのだから、ここは、大納言家に、皆を留めて置くのが、得策だろう。
それを……。こちらの、苦労など何も知らずして!
と、常春は、守恵子の言葉に怒りを覚えた。
もちろん、その怒りは、間違いだと、重々分かっている。しかし、今の、常春には、守恵子の言葉は、到底我慢出来ない、軽々しいものにしか、聞こえなかったのだ。
──守恵子が、調べる、ということは、つまり、宮へ上がる、入内する、ということ。
その重さを、分かっているのか。
こちらは、苦労をさせまいと、手をつくし、危険な目に巻き込まれているのに。
常春は、怒鳴りつけそうになっていた。
「常春や、もう良い。頼む。本当の事を話してくれまいか?」
従者が、いつもと異なると察したからか、柔らかな口調が聞こえてきた。
守恵子の後ろから、守満《もりみつ》が、現れた。
すると……。
「タマです!!!タマが、びぃーーーんと、琵琶の音を真似たのです!すると、御屋敷が、燃えてしまったんです!!!!」
タマが、たったったと、板土間から、駆け寄って来て、真顔で、守恵子達へ、訴える。
タマなりに、この場を収めようとしているようだった。
守恵子は、常春からの言われように、顔をひきつらせ、目には涙を浮かべていた。それを見ての事だろう。
そもそも、タマは、守恵子に飼われている犬。主人の異変に、動いたのだ。
「そ、そうですっ!!そうなんですっ!!!だからっ、皆、驚いてしまって、ぼおーーと、なってしまって!!!は、いいんですよっ!守恵子様、早くお戻りくださいっ!!!」
水をいれた盥《たらい》で、足を洗っていた紗奈も、突然の出来事に、何とかせねばと、慌てて立ち上がるが、慌て過ぎ、盥ごと転んでしまった。
勢い、水をぶちまける事になり、紗奈も、ずぶ濡れ、床も水浸しになってしまう。
「あー、もうー!濡れちゃうし、転んじゃうし、打ち付けるし、あいたたた」
「あなた方が来なければ、紗奈も、あのようにはならなかった。上の者には、上の者の役目がある。あなた方は、座っておれば良いのです!」
トドメのような、常春の言い分に、守恵子は、泣き出した。
余りの言われようだが、守満には、返す言葉がなかった。確かに、自分達に、ここで、何ができるのだろう。皆の、足を引っ張るだけだと、分かってはいる。しかし、守満達も、何か、役に立ちたいのだ。皆と、同じに動きたいのだ。
「守満様も、守恵子様も、お世話、などではなく、どの様に、皆を配置して、世話をさせるか、それを指示するお立場ではないのですか?あなた様方まで、動かれては、指示を出す者が居なくなる。と、なれば、ここは、座って、皆を見届ける、のも、重要な役目なのでは?」
橘が言った。
「……なるほどな、そうだな、橘」
守満は、観念したように、その言葉の意味を噛み締めている。
「そして、守恵子様、そんなに、世話を行いたいのならば、あなた様、光明《こうみょう》皇后のように、奉仕されるご覚悟がございますか?病人、怪我人、弱った者の世話というのは、そうゆうものなのですよ?」
はるか、昔、施薬院を設立したと言われている光明皇后の名を、橘に出され、守恵子は、うつむいた。