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彼女には刺激が強すぎる。
アルベルトは片腕で顔を覆いながらも、もう片方の腕を前方へ伸ばして結界を展開しようとしている。
だが、その魔法陣は不安定に明滅していた。
(父の魔法が特殊とか……?それとも……)
思考を巡らせるうちに、光が少しずつ薄れ始めた。
完全に視界が確保される前に、私は警戒の魔力を全身に纏わせる。
光の中から漏れ聞こえる父の声が、耳障りなほど高揚していた。
「さあ、お楽しみの時間だ! この幸福な悪夢に溺れろ!」
光が収まるにつれ、まず感じたのは違和感だった。
鼻腔をくすぐる、甘い花の香り。
夕暮れの暖色に染まった空気。
そして、スラム街特有の金属の腐臭が一切消え失せていた。
(どういうこと……?)
私は顔を覆っていた腕を下ろし、周囲を見渡した。
そこに広がっていたのは、懐かしい実家のリビングだった。
父がまだ優しい笑みを浮かべ、母が台所から笑いかけてくれていた、あの日々の象徴。
古びた木造建築の匂い。
居間にある粗末だが愛着のある家具たち。
窓からは柔らかな西日が差し込み、埃っぽい空気がきらきらと金色に輝いて見える。
(……ありえない。これは、夢?)
脳が状況を拒否する前に、本能がそう叫んでいた。
私は唇を噛みしめ、ゆっくりと視線を正面に戻す。
そこに、母が立っていた。
生きていた頃のままの姿で。笑顔で。
「エカテリーナ? どうしたの?顔色が悪いわよ」
母は心配そうに私に駆け寄り、額に手を当てようとした。
その指先が触れる寸前で、私は反射的に後ずさってしまう。
「おかあ……さん?」
声が震えて掠れた。
喉がカラカラに乾き、うまく呼吸ができなくなる。
目の前の女性は確かに母だ。
私の記憶の中の姿そのままだ。
優しい声も、少し困ったように眉を寄せる癖も、すべて。
母が生きていた、ということ……?
「エカテリーナ? 怖い夢でも見たの?」
母が小首を傾げる。
「お母さん……なんで、ここに?」
言葉がまとまらない。
ダイキリとアルベルトはどうなった?
父のあの魔法は一体何を起こした?
「何を言っているの? 私はずっとここにいたじゃない。あなたと一緒に住んでるんだから」
母は当然のように言って微笑んだ。
その笑顔が、刃のように心臓を抉る。
父が言っていた「お前たちが一番望んでいたもの」。
それが私にとっては、母が生きて幸せに暮らしている世界ということか。
憤怒と希望がない交ぜになり、目の奥が熱くなる。
私は拳を握りしめ、平静を装って周りを見回した。
ダイキリとアルベルトの姿はどこにもなかった。彼らも同じように
別の「望む世界」を見せられているのだろうか。