「過失、故意などの可能性がある限り調べるのでね、警察も来てます。車、動きます。気分が悪いようでしたら教えてください」
救急隊員さんとの密室になり、幾度となく聞いたことのあるサイレンを車内から聞きながら、全身が痛いと認識し始める。
両手はフリーだが胸、腰、足は固定されているので動かせない。
頭を打ったこともスーツケースが乗ったことも自分の記憶にないけれど、まずいでしょ。
感覚的に全身打撲は間違いない。
骨折などが無ければ……不幸中の幸いか……
だけど、病院で全身の検査を受けた結果、頭部を含む全身打撲。
……そこまでは覚悟していた。
検査に回される途中に自分の体の感覚はつかめたから……
…………でも…………
結果を聞く前に、私は絶望していた。
…………膝が抜けた感覚…………
「左膝靭帯損傷です。これを見て下さい。複数の靭帯が…」
検査の間に病院まで駆け付けてくれたしーちゃんと結果を聞くのだが…膝と同じように、私の魂も抜けてしまった。
それでも他人事のように、言葉が耳を通りすぎる。
複数の靭帯損傷があるが小さなもので、前十字靱帯の損傷だけは致命的。
全治は約8ヵ月。
これは、前十字靱帯の手術をしてからリハビリを終えてスポーツ復帰をするまでの目安で、日常生活が問題なく送れるようになるだけなら、術後1ヵ月程度。
前十字靭帯を損傷してしまうと自然に修復することは、ほとんど期待出来ず手術をしない場合は全治することがない。
そのため手術をしない場合は損傷した状態のまま生活を送ることになる。
絶望感などではなく崩壊感を全身に感じて
「…どうでもいい…」
そう発したあと、私は治療法など考えることを放棄した。
その日の記憶はそれ以降ないのだけれど、翌日私の病室にしーちゃんと洋輔さんが来た。
「才花ちゃん。安易に慰めることは出来ないけれど…手術には同意出来る?手術内容の理解がまだなら、何度でも先生に説明してもらって一緒に考えよう」
洋輔さんが私にそう言ったけれど、先にしーちゃんが泣いている。
「帰って…一人で考える……」
「そう、また来るよ。食事が出来てないようだけど、病院食でなく何か作って来ようか?」
「大丈夫。食べる」
食べるつもりなどないけれど、迷わずそう応えて布団をかぶった。
ここにいても意味がない。
生きていても意味がない。
そのふたつの思いを胸に抱き、そのふたつの思いに全身を支配されながらうとうとする。
そして時計を見ても20分しか経っていないという、とてつもなく長い夜に耐えきれずスマホを手にすると、バイト先のたくさんの人からメッセージが入っている。
事故で入院したとだけ、昨日店長に連絡したからだね。
でも、どのメッセージも見るのがキツイ。
返信なんてとても出来ない。
スクールの友人やトニーからもメッセージは入っているが、見る気にもならなかった。
コメント
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全治8ヶ月…そんな… 大会間近なんだよ… 手術をしなければ全治しないって… 才花ちゃんが、才花ちゃんではなくなってしまうよ…