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第29章「接続」
ねむるは、図書室の中央まで歩いてきた。
律は譜面を閉じたまま、彼の動きを目で追っていた。
空気は、ねむるの気配だけを受け入れていた。
他の音も気配も、まだ遮断されたままだ。
「ここ、静かすぎるな」
ねむるがぽつりと言った。
声は空気に吸い込まれるように、律の耳に届いた。
「魔法で、外の音を全部切ったから」
律は淡々と答えた。
ねむるは猫のようにピアノの鍵盤の前に座りながら、
譜面を見下ろすようにして、
少し首を傾ける。
「俺の声だけ、通したんだよな?」
律は頷いた。
「お前の声が、魔法の隙間に残ってた。だから、通した」
「それって、俺が触れたから?」
「たぶん。魔法を発動する前に、お前が譜面に触れてた。
そのときの波形が、空気に残ってたんだと思う」
ねむるは、譜面にそっと指を伸ばした。
律は止めなかった。
「今、触ったらどうなる?」
「お前の声だけじゃなく、気配も通るようになるかもしれない。
でも、それは……俺が選ばないと、魔法が拒む」
ねむるは律の顔を見た。
「じゃあ、選んでよ。俺を、通して」
律はしばらく黙っていた。
譜面を開き、指を一音分だけ滑らせる。
がわずかに震えた。
ねむるの気配が、律の空間に完全に入り込んだ。
図書室の空気が、二人の間だけで繋がった。
「……これで、通った」
ねむるは微笑んだ。
「ありがとう。律くんの魔法、優しいな」
律は目を伏せた。
「優しい魔法なんて、使うつもりなかった。
でも、お前の声が残ってたから……拒めなかった」
ねむるは、律の座るピアノの椅子の隣に腰を下ろした。
図書室の空気は、二人だけのものになっていた。
「この空間、誰にも見えないんだよな?」
「うん。外からは、ただの静寂にしか見えない」
「じゃあ、ここで話そう。誰にも邪魔されないし、
律くんの魔法が、俺を選んでくれたなら」
律は、譜面を閉じた。
魔法は完成していた。
断絶ではなく、接続として。
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