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白山小梅
12
#借金
1,754
第29章「接続」
ねむるは、図書室の中央まで歩いてきた。
律は譜面を閉じたまま、彼の動きを目で追っていた。
空気は、ねむるの気配だけを受け入れていた。
他の音も気配も、まだ遮断されたままだ。
「ここ、静かすぎるな」
ねむるがぽつりと言った。
声は空気に吸い込まれるように、律の耳に届いた。
「魔法で、外の音を全部切ったから」
律は淡々と答えた。
ねむるは猫のようにピアノの鍵盤の前に座りながら、
譜面を見下ろすようにして、
少し首を傾ける。
「俺の声だけ、通したんだよな?」
律は頷いた。
「お前の声が、魔法の隙間に残ってた。だから、通した」
「それって、俺が触れたから?」
「たぶん。魔法を発動する前に、お前が譜面に触れてた。
そのときの波形が、空気に残ってたんだと思う」
ねむるは、譜面にそっと指を伸ばした。
律は止めなかった。
「今、触ったらどうなる?」
「お前の声だけじゃなく、気配も通るようになるかもしれない。
でも、それは……俺が選ばないと、魔法が拒む」
ねむるは律の顔を見た。
「じゃあ、選んでよ。俺を、通して」
律はしばらく黙っていた。
譜面を開き、指を一音分だけ滑らせる。
がわずかに震えた。
ねむるの気配が、律の空間に完全に入り込んだ。
図書室の空気が、二人の間だけで繋がった。
「……これで、通った」
ねむるは微笑んだ。
「ありがとう。律くんの魔法、優しいな」
律は目を伏せた。
「優しい魔法なんて、使うつもりなかった。
でも、お前の声が残ってたから……拒めなかった」
ねむるは、律の座るピアノの椅子の隣に腰を下ろした。
図書室の空気は、二人だけのものになっていた。
「この空間、誰にも見えないんだよな?」
「うん。外からは、ただの静寂にしか見えない」
「じゃあ、ここで話そう。誰にも邪魔されないし、
律くんの魔法が、俺を選んでくれたなら」
律は、譜面を閉じた。
魔法は完成していた。
断絶ではなく、接続として。
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