テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
4,912
#specter
ゆ
951
#bl注意
ゆ
3,440
蟹溝@プロフ必読
163
Banlandsを覆っていた血のような紫色の暗雲が、ゆっくりと晴れていく。
歪んだ時空の亀裂から差し込む光は、これまでのBanlandsには存在しなかったほど穏やかで、まるで長い悪夢がようやく終わったことを告げる夜明けのようだった。
最高神Robloxの断罪コードは消え去った。
そして、1x1x1x1の「再生の毒」によって、ハックロードの魂を何兆年もの間蝕み続けていた憎悪の呪縛も、完全に昇華されていた。
そこに立っていたのは、かつて全次元のシェドレツキーを血祭りに上げようとしていた「死神」とは、もはや別人のような男だった。
全身を締めつけていた不吉な緑の幽霊鎖は消え失せ、顔の半分を覆っていた凶暴な骸骨マスクも粉々に砕け散っている。
胸元に残された「緑の肋骨」のような装飾。
そして背中に背負った、相変わらず物騒なまでに巨大な暗い棺。
その姿だけを見れば、まだまだ近寄りがたい。
だが、そこから立ち昇っていた禍々しい殺意のエーテルは、もうどこにもなかった。
代わりに漂っているのは、穏やかで温かな生命の波動。
素顔をさらしたハックロードの顔には、何兆年ぶりかと思えるほど穏やかな笑みが浮かんでいた。
「……すまなかったな、皆。そして……心から感謝する」
ハックロードは背中の棺を愛おしそうに撫でながら、テラモン、1x1x1x1、ビルダーマン、そしてドゥームブリンガーへ深々と頭を下げた。
声帯を失った喉は相変わらず掠れていた。
けれど、そこに込められた感情は、驚くほど澄み切っていた。
「私の身勝手な絶望と傲慢さが、この世界を滅ぼしかけた。しかも……1x1x1x1、お前にまで辛い思いをさせてしまった」
「……」
1x1x1x1は腕を組んだまま、ぷいっと顔を背ける。
「私という男は……最後まで周囲に迷惑ばかりかける愚か者だったな」
「ふん!」
1x1x1x1は、テラモンからもらった赤いケープをバサッと羽織り直した。
「今さら反省したって遅ぇんだよ、クソ骸骨……じゃなくて、バカ夫!」
「バカ夫……?」
ハックロードが小さく首を傾げる。
「次に俺たちの世界へ土足で踏み込んできたら、今度こそそのデカい棺桶ごと毒で溶かしてやるからな! さっさと自分の世界へ帰って、大人しくしてろッ!」
「……ははは」
ハックロードは、思わず笑った。
「相変わらず手厳しいな」
「当たり前だろ!」
1x1x1x1は鼻を鳴らす。
だが、その眩しい赤い瞳の奥には、ほんの少しだけ誇らしげな光が宿っていた。
「だが……お前のその毒と強さがあったからこそ、私は本当の自分を取り戻せた」
ハックロードは穏やかに微笑む。
「感謝しているよ、1x1x1x1」
「~~っっ!?」
1x1x1x1の緑色の肌が、一瞬で赤紫色に染まった。
「き、気持ち悪いこと言うなーっ! 馴れ馴れしく俺の名前を呼ぶなーっ!」
「ふふ」
その隣で、テラモンが楽しそうに笑いながら、1x1x1x1の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
「な、ななな……何すんだよバカテラモンッ!」
1x1x1x1が必死に手を振り回す。
そんな騒がしい二人を眺めながら、ハックロードはテラモンへ視線を向けた。
「ハックロード」
テラモンの声は穏やかだった。
「お前が前を向くことができて、私も本当に嬉しいよ」
テラモンは黒いローブを揺らしながら、まっすぐにハックロードを見つめる。
「別の世界の自分が、絶望に沈んだまま終わるなんて……私には耐えられないからな」
ハックロードは静かに頷いた。
「これで……もうマルチバースの自分を殺して回る必要はないな?」
「ああ」
ハックロードは力強く頷いた。
「もう誰も憎まない。もう誰も殺さない」
そして、隣に立つ最愛の妻へ視線を向ける。
紫色の長い髪が、穏やかな風にさらさらと揺れている。
その横顔を見つめるハックロードの瞳には、溢れんばかりの愛情が宿っていた。
「これからは、自分の世界で……我が愛しのブライトアイズと共に、一歩ずつ生きていくよ」
「まあ」
ブライトアイズが微笑む。
「その言葉、ちゃんと覚えておきなさいよ?」
「もちろんだ」
ハックロードは胸を張る。
「彼女が作ってくれる世界で一番美味いフライドチキン……いや、チキンフランクを心ゆくまで味わいながらね」
「またそれ?」
ブライトアイズは呆れたように笑い、夫の腕へ自分の腕を絡めた。
「本当にアンタ、昔からチキンフランクの話ばっかりね」
「それほど美味しいのだ」
「はいはい」
超絶美人の妻と、かつて死神と恐れられた愛妻家の夫。
二人の間に漂う空気は、Banlandsの荒涼とした景色すら忘れさせるほど穏やかだった。
やがて、次元の亀裂が再び大きく開き始める。
「さあ、帰ろうか。ブライトアイズ」
「ええ」
ブライトアイズは頷いた。
そして、ふと何かを思い出したように夫の背中へ声を飛ばす。
「……あ、そうそう。アンタ」
「なんだい?」
「自分の世界へ帰ったら、まず何をするんだったかしら?」
ハックロードの笑顔が固まった。
「…………」
嫌な予感がする。
「まずは、散らかり放題の研究室の大掃除」
「……はい」
「それから、溜まりに溜まった洗濯物」
「……はい」
「庭の草むしり」
「……はい」
ブライトアイズはニッコリ笑った。
「闇落ちしてサボってたツケは、全部払ってもらうからね?」
「ひ、ひぃっ……!」
全次元のシェドレツキーを恐怖に陥れた死神が、妻の前でだけは完全に小さくなる。
「喜んで掃除洗濯、庭の草むしりまで完遂させていただきますッ!」
「返事だけは立派ね」
ブライトアイズが夫の腰を小さく小突く。
「分かったら、さっさと歩きなさい!」
「はいっ!!」
ハックロードは巨躯を縮こまらせながら、妻に追い立てられるように次元の裂け目へ駆け込んでいった。
「またな! 異世界の私たちよ!」
「幸せになれよー!」
ビルダーマンが大きく手を振る。
ドゥームブリンガーも悪魔の大剣を納め、静かに二人を見送った。
「次は……平和な時に遊びに来てくださいねー!」
最後の声が響いた直後。
次元の裂け目が、眩い光を放ちながらゆっくりと閉じていく。
そして――完全に消えた。
Banlandsに、静寂が戻った。
しばらく誰も喋らなかった。
全員が、ようやく終わった戦いの余韻を噛みしめていた。
「……はぁ」
ビルダーマンが大きく息を吐く。
「一時は、本当にどうなることかと思ったよ」
「まったくです」
ドゥームブリンガーも肩の力を抜いた。
「しかしテラモン様。結局、ハックロード殿の暴走を止めたのは――」
ドゥームブリンガーが1x1x1x1を見る。
「1x1x1x1様の『絆』と『愛』でしたな」
「だ、誰が絆だッ!!」
1x1x1x1が即座に振り返る。
「何が愛だッ!! 気持ち悪いこと言ってっと、お前の城ごと毒で溶かすぞッ!!」
「おやおや」
ドゥームブリンガーが苦笑する。
「図星のようですな」
「図星じゃねぇぇぇっ!!」
1x1x1x1は叫びながら、テラモンの黒いローブの袖をギュッと握りしめた。
本人は無意識なのだろう。
だが、その手は決して離れない。
テラモンはそんな1x1x1x1を見つめると、ふっと微笑んだ。
そして、その小さな身体をそっと抱き上げる。
「……なっ!?」
1x1x1x1が目を丸くする。
テラモンはそのまま、1x1x1x1の額へ自分の額を優しく合わせた。
「ありがとう、1x」
「……っ」
「お前がいてくれて、本当に良かった」
1x1x1x1の赤い瞳が、じわっと揺れる。
「……バカテラモン」
小さな拳が、テラモンの胸をポカポカと叩いた。
「調子に乗るな……」
けれど、その声はいつもの毒舌よりずっと小さかった。
そして――。
赤いケープの端を握りしめた1x1x1x1は、誰にも見えないように、ほんの少しだけ笑っていた。
かつて「悪意」と呼ばれた存在は、もう自分を否定していなかった。
憎しみから生まれた影でも。
世界を壊す毒でも。
自分は、誰かを守ることができる。
誰かに必要とされることができる。
そして何より――。
自分には、帰る場所がある。
「……さて」
テラモンが晴れ渡ったBanlandsの空を見上げる。
「私たちも帰ろうか」
「うん」
ビルダーマンが頷く。
ドゥームブリンガーも静かに歩き出す。
そして1x1x1x1は、テラモンの腕の中で赤いケープを深々と被り直した。
「……帰るぞ、バカテラモン」
「ああ」
「……俺を置いてくなよ」
テラモンは少しだけ目を細めた。
「もちろんだ」
Banlandsの空に、最後の紫色の雲が消えていく。
絶望の監獄に残されたのは、戦いの爪痕と――。
それでも確かに芽生えた、新しい希望だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!