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手紙の内容は、別に当たり障りの無いもので、今度、伯爵家に招待したいというものだった。そのあっさりとした内容に拍子抜けしてしまい、私は読み終わった後、フィーバス卿の方を見た。彼も、まさかこんなことが書かれているとは思わなかったのか、目を点にしていた。
「だ、だそうです」
「そうらしいな……あの、ギフト伯爵が……何か、企んでいるだろう」
「まあ、いってみないことには」
「いくのか?」
「え、一応招待されたので」
と、私が返せば、またフィーバス卿は大きなため息をつく。私のせいで、この人、ここ数日で何かため息をついたんだろう。ため息カウンターでもつけてみるかと、悩みの種である私は思ってしまった。フィーバス卿はこめかみを抓んで、うーと唸っていた。
まあ、いきなりこんな手紙が来たら、そして、こんな内容だったら驚かないわけがないのだ。ラアル・ギフトの悪行は、きっとフィーバス卿も知っているだろうし、だからこそ、この手紙に違和感しか覚えない。というか、真っ黒な手紙が送られてくる時点で、怖すぎて燃やしたくなるんだけど。
さすがに、黒山羊さんたら読まずに食べたはまずいと思ったので、私は読んだが、本当にあっさりとした内容だった。でも、会ったこともない令嬢に会おうと思うだろうか。そういうデリカシーというか、モラルというか、そういうのが欠如しているようにも感じる。これを、闇魔法の貴族だから、とすませたくないからいわないし、思わないようにするけれど。
(何を考えているんだろう……)
「お父様」
「何だ、ステラ。本気でいくのか?」
「まあ、そのつもりで……ではなくて、いや、ではあるんですけど、お父様から見て、ギフト伯爵ってどんな人ですか」
「ステラは知らないだろう」
「は、はい」
いや、知ってます。と、言いかけて、口を閉じる。余計なことをいうのが癖になっているので、一度立ち止まって考えてみた方がいいと思った。自分の身のためにも。
さすがに、闇魔法の人と繋がっていたら、またフィーバス卿の気を悪くさせそうだから。フィーバス卿は別に、差別はしないけれど、闇魔法の貴族がやってきた行いは、全部覚えているだろうから、そういうのをやっていない、手を出していない人にだけ優しいんだろう。アルベドとか……だから、ラヴァインには少しあたりがキツかったというか。
「それで、ギフト伯爵って、その……まあ、闇魔法の家門って言うのは分かるんですけど。フィーバス卿とはどういう繋がりがあるんですか?」
「繋がりなどない。いや、顔を一度合わせた程度か。そのとき、あまりの胡散臭さに、吐き気さえしたな。あんな分かりやすい笑みをはっつけていた男だ。そこら辺の小汚い闇魔法の貴族とは違う」
「は、はあ……」
「勿論、アルベド・レイのように、無害……ではないが、わきまえている奴もいる。自分が貴族であることを傲らず、だが、その権力を使うときは使う。そんな、貴族のかがみとして社交界に出ている奴も。だが、やはり、闇魔法の貴族の素行の悪さや、悪行の悪さは目立つな」
「そうですか」
「ステラは、こういうのを嫌うだろう。だから、あまり話したくはないが。光魔法の魔道士が、差別し、迫害した結果がこれなんだ。どっちが悪いわけでもない。人間とはそういう生き物だろう」
と、フィーバス卿は付け加えた。私が、そういう差別を嫌っていることを知って、フォローしてくれたのだと、心が温かくなった。また、気を遣わせちゃったかな、とフィーバス卿を見たら、まだ、顔が硬かった。よっぽど、ラアル・ギフトの元に私をいかせたくないのだろう。
けれど、フィーバス卿は、ここから出られないし(正確には、出たら不味いだけど……)。でも、辺境伯領に呼ぶのもどうかと思っているから、悩ましいところだ。今の私には侍女もいないし……
「どうしてもいきたいか」
「え、いや、ダメだっていうのなら、別に私はそこまで……その、こんないきなり手紙送ってくる人ですし、ちょっと怖いなあと思って」
「それは同感だ。何を考えて……いや、俺がずっと養子を取ってこなかったから、それについて何か言いたいんだろうな。一度見ておこうと。どうせ、俺のお目にかかった奴を見てやろうという魂胆だろう」
「は、はは……」
また、ぴきぴきと、彼の周りに氷が散っている。顔には出ないけれど、魔力にはそれがはっきり出て、怒っているのか、笑っているのかよく分かった。笑っているときが、どうだったかは、確認したことないので、その内するとして。
(ただ、そのために手紙をよこしたのなら、の話だけど)
もし、私の予想が当たっているとするのなら、それが招待した理由ではないだろう。もしかして、モアンさんの家にいたときに感じたあの違和感の正体が、彼であるのなら。会ってみる価値はあるのかも知れない。けれど、そうじゃなかった場合、あの男を相手にするのは少々厄介だ。
フィーバス卿のように、完全防御ができるわけでもなく、少しでも隙を見せれば、毒魔法にかかってしまう。あの厄介な魔法は、直で受けたことがあるから、その脅威を知っている。それに、彼の相手はいいけれど、ラアル・ギフト本人の相手は死んでもやりたくない。だったら、いかない方がマシだと思えるくらいには。
「ステラ、どうした」
「い、いえ!ただ、本当にどんな人なのかなあと思って!私に興味持って下さったのは、ありがたいですし、貴族として、フィーバス辺境伯の娘として、顔を売り込むのもありかなあと思ったんです」
「婚約のか」
「だから、違います!フィーバス卿は、外に出られないでしょう。ですから、フィーバス卿について、知っている人は少ない。貴方が、素晴らしい魔法を使うことも、人格者であることも、知らない人が多いのではないかと思いまして!なので、売り込みに」
「する必要ない」
「ええ、でも」
「目立つのは苦手だ。それに、ステラがそうしたせいで、お前に変な虫がついたら困るからな」
また、その話か、と私は頬を引きつらせながら彼を見る。変な虫はつきません、大丈夫です、とは言えないけれど、でも、エトワール・ヴィアラッテアが人の心を操って自分を好きだと思い込ませているのなら、私がしゃしゃり出てきたときに、魔法でその関心を自分に寄せるに違いない。だから、そこは心配していない。
それに、私が好きなのは、リースで、その思いは変わらないから。
「大丈夫ですって!それに、一回、そういう貴族の集まりみたいなのにはいってみたいなあと思ってたんです」
「そうか、だが、俺は同伴できない」
「あ、そっか……いや、大丈夫です!」
「大丈夫じゃないだろう」
フィーバス卿のいうとおり、大丈夫ではないが、何とかなると思っている。でも、エスコートしてくれる人がいなかったら、変に思われるか。私が、貴族としては異常だし、思えば、平民から貴族になった……みたいな、噂も出ているかも知れないのにうかつだなと思った。評判を上げるどころか、下げることにも繋がってしまう。エスコートしてくれる人物を探すのも必要か。
「何にしろ、すぐに返信を返さなければならないわけじゃないだろう。ゆっくり考えろ。お前の選択に文句は言わない」
「あ、ありがとうございます!」
「ただ、そうだな……これから、外に出るとき、俺がずっとついていけるわけでもない。ステラ、お前に侍女をつけよう」
「侍女、ですか」
「フィーバス家の長女なんだ、侍女ぐらいつけて当然だろう。いいメイドがいる、そいつを連れてこよう」
「あ、あ、ありがとうございます!」
ここに来て、メイド三人目。リュシオル、ノチェ……次はどんなタイプかなあ、なんて想像しながら、私はフィーバス卿の背中を見送った。本当に、いいお父さんしていると自然と頬が緩んだことに、私は気付くことはなかった。