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気づけば、俺は藤澤先輩とすっかり仲良くなっていた。
最初は距離のある敬語だったのに、
いつの間にか自然に笑って話すようになって、
ある日、ふと口をついて出た。
「……涼ちゃん、さ」
一瞬、時間が止まった気がした。
でも先輩は驚くどころか、少し目を丸くしてから、ふっと笑った。
「その呼び方、いいね」
それからだった。
クラスでも、仲良くなった人たちが「涼ちゃん」と呼ぶようになったのは。
先輩はそのたびに、嬉しそうに、でもどこか照れたように笑った。
――なのに。
若井だけは、最後まで距離を保っていた。
「無理に関わらなくていいだろ」
「でもさ、涼ちゃんいい人だよ?」
俺が何度そう言っても、
若井は曖昧に笑って話題を変える。
三人で話そうとしても、
どこか噛み合わない。
俺が間に入ろうとすればするほど、
空気はぎこちなくなって、結局いつも失敗だった。
そんなある日の体育。
蒸し暑い体育館で、バドミントンの授業。
床から立ち上る熱気で、息をするだけで体力を奪われる。
「こまめに水分取れよー。暑かったら自分たちで調整しろよー」
先生の声が響く。
俺と先輩はダブルスで同じチームだった。
汗をかきながらシャトルを追い、ラリーが続く。
……ふと気づく。
(涼ちゃん、ジャージ脱いでない)
周りはもう半袖なのに、
先輩は最初から最後まで、長袖のままだった。
試合の途中。
シャトルが床に落ちた瞬間、先輩はそれを拾い俺に渡し、
「あは……ごめん。ちょっと、休むね……」
声が、いつもより細い。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
そう言って、ステージの方に置いてある水筒へ歩いていく。
……次の瞬間だった。
足が、ふらっと揺れた。
「藤澤?!」
クラスメイトの声が重なって、
俺も一気に駆け寄った。
「涼ちゃん!」
先生も気づいて走ってくる。
「藤澤、大丈夫か?聞こえる?」
先輩は、少し遅れて、ゆっくり目を開けた。
「……すみません……」
「少し、ふわふわしちゃって……」
苦笑い。
でも、その顔は――
(……笑ってない)
先生は状況を見て、すぐに判断した。
「お前ら、続きやってろ」
「藤澤は俺が保健室連れてく」
そう言って、涼ちゃんをおんぶする。
体育館を出ていく背中を、
俺は、ただ立ち尽くして見ていた。
涼ちゃんの顔は、
痛いとか、苦しいとか、そういう言葉じゃ表せない。
何かを必死に隠して、
それでも隠しきれなくなった人の顔だった。
(……俺、何も知らない)
仲良くなったつもりで、
名前で呼んで、笑い合って。
でも、
一番大事なところには、
まだ一歩も踏み込めていなかった。
体育館に残った熱気の中で、
胸の奥だけが、ひどく冷えていった。