テラーノベル
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夜の闇に負けない漆黒のコート。
ボタンを外したままのコートの中は、ワインレッドのワンピース。
深く開いている胸元はかなり存在感のある膨らみを強調しているし、優奈が着用しようものなら道端のゴミを清掃する勢いで引きずるだろう丈のワンピースを足首を見せる余裕っぷりで着こなしている。
暫く見惚れていた優奈だが、ハッとして口元を押さえた。
(待って……この人今、なんて言った?)
“妹ちゃん”
誰の? なんて、思い当たる人物など限られているではないか。
優奈がなかなか言葉を発しないため、痺れを切らしたように目の前の女性はサングラスを外す。
まるでその様子はスローモーションのように、ゆっくりと優奈の目に映り続けた。
(……え)
「優奈ちゃん、よね? こんばんは、突然ごめんなさい。私は……」
「な、なな名草楓!? ……さん!!」
優奈と女性の声が重なった。
(嘘でしょ!? なんで!?)
「あら、まだ覚えてくれている子がいるのね。嬉しいわ、それも雅人の妹ちゃんに」
硬直する優奈の元へ、優雅な歩みで彼女はさらに近づいてくる。
憧れるほどにくっきりとした二重瞼に、大きな瞳。濃いアイメイクも嫌味なく映えて。
日本人離れした高い鼻筋。厚くぽってりとした色気のある唇。
きつい香水の香りにも負けない存在感と、圧倒的なカリスマオーラ。
見惚れてしまう自分を止めることができないでいた。
「少し、時間いただけるかしら?」
優奈はこの女性を、知っている。
***
「最近雅人のところに女が出入りしてるって小耳に挟んじゃったのよね」
向かい合って開口一番、彼女ほ――名草楓は言った。
艶々の赤い外車に乗せられて優奈が連れられてきたのは個室のバーだった。「好きなものを頼んでね」と名草は美しい顔をさらに輝かせ微笑んだが、正直飲食をできる精神状態にない。
「ホットカフェラテ……を」
「あら、お酒は飲めない? ふふ、可愛らしいわねぇ」
何も頼みません、とは共に入店してしまった以上言えず。優奈はメニューの端にあるソフトドリンクの欄から無難に注文をしたつもりだが、名草はどこか優奈をバカにするように小さく吹き出した。
「……明日も、仕事なので」
(…………どうして名草楓と向かい合ってるんだ、私)
優奈は現状を把握しきれないまま、テレビや雑誌越しでしか見たことのない姿をぼんやりと眺めていた。
「改めまして、今日は突然ごめんなさいね」
そう言って名草は優奈相手に名刺を差し出した。
“株式会社 érable 代表取締役社長 名草 楓”
érableは、ファストファッションばかりを頼る優奈でも知るアパレルブランドだ。
婦人服とインナーが有名だが、いずれも高級ブランドとして認識している為、優奈は購入はおろか店舗にも足を運んだことはない。
ネット通販で金額を目にする程度だ。
「どんな女かしらって思ってたけど、優奈ちゃんなら安心したわ。雅人からよく聞いているわよ……可愛い可愛い妹だって」
“可愛い可愛い妹” を強調されている。
「妹ではありません」
即答してしまった後に優奈は、俯き顔を隠した。ピリッと張り詰めた空気を感じ取ったからだ。
すると案の定、笑顔だった名草が目を細め眉を寄せる。
ほんの一瞬の変化だったが、優奈の身体は情けないことに強張ってしまった。
「優奈ちゃんは雅人が好きなのね?」
ドクン、ドクンと脈打つ心臓。そのリズムに合わせて頭痛がする。
本来ならば生で見られて嬉しい! と、はしゃぎ出すような相手を前にそうはできずにいた。
「……はい」
まるで罪の告白をするかのように硬い面持ちで優奈は答える。
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