テラーノベル
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「わぁ冷たいっ。おかえしっ!」
「冷てっ!やりやがったな…!」
もっと多めに水を投げてやる…!
と意気込んだ俺は、ぎゃ!と悲鳴を上げた。
背中に思いっきり水をかけられた!
「へへーん!いつも威張ってるお返しだよー」
寧音!
このちびっこ…!
「きゃぁああ!!」
けど、その寧音の背中に思いっきり水飛沫があたった。
「なまいきやってんじゃねーぞ、寧音!」
洸!よくやった!
「てめぇ寧音こらぁ。よくもこの惣領迅人さまにやってくれたな。たんまりお返し…つっめてっ…!!!」
まったく不意打ちに、背後に水を食らってしまった!
どいつだ!
って振り返れば、
優羽!
「ね、寧音ちゃんをイヂめちゃだめっ」
「はぁ?優羽おまえ…いい度胸してんなぁ…」
「ご…ごめんなさい…つい」
がしっ、と優羽の細い手首をつかんだ。
あーもう、このまんまどっか連れていって、お仕置きしちまおうか…!
「…!!って、冷たっ!!」
「優羽ちゃん逃げてっ!」
「だから寧音!お前はウザいんだよぉお」
「冷てっ!なーんで俺までかけんだよー彪斗っ」
と、洸まで水を飛ばしてきて、その後はもう、ひっちゃかめっちゃかだ。
「おまえらはガキか…」
その後、唯一傍観していた雪矢にさんざん怒られ、
びっしょびしょの姿のまま、さっきとは真逆な不快な心地で、俺たちは帰りのカヌーに乗ったのだった。
※
戻った時にはちょうどいい時間になっていたため、俺たちは予約していたレストランに行って昼食をとることにした。
昼食はレストランのテラスでバーベキューだった。
獲れたての湖の魚のホイル焼きをメインに、近くの農家で取れた食材や肉をふんだんに味わえるメニューは、松川さんが俺たちのために特別にレストランに依頼してくれたオリジナルだった。
昼食の準備を待っている間、俺たちには冷たかった雪矢が、優羽だけにはいい顔を見せて、ハンカチで優羽の濡れた髪を拭いてやっていた。
「君まで一緒に騒ぐことなかったのに」
「ありがとうございます。雪矢さん…。でも、すごく楽しかったです」
「たまにはこういうのもいいだろ」
「だまれ彪斗。…優羽ちゃん、風邪ひいたらどうするつもり?喉は大切にしないと」
ち。
雪矢の野郎。
もっともらしいこと言ってカッコつけやがって。
せっかく優羽とはしゃげた楽しさも、雪矢のせいで半減だ。
バーベキューは本当に美味くて、魚もかなり大きかったけど、はしゃぎまくって腹ペコになっていた俺たちはペロリと平らげてしまった。
みんな満腹になった頃には熱気と陽射しとで服もほとんど乾いていて、不快感は無くなっていた。
さぁ、午後からはどうしようか!
と五人で相談し始めた時、洸のケータイが鳴った。
「もしもーし。え?あーはい。今日オフなんすけどー」
しかめ面から見ると、仕事関係者からみたいだ。
「えー。今日なら大丈夫っていったじゃーん。うそつきー。…うん、はいはーい。わかりましたーじゃー今から行きますーぅ」
最後はほとんど投げやりになって、洸は通話を切った。
「わりぃ。急な仕事はいっちゃったー。もうちょいしたらマネージャー迎えにくっから、俺戻るわー」
「えー」
「なんだよ寧音―。俺が戻ったらさびしーの?」
「さびしくなーい。でもせっかく優羽ちゃんの歓迎会なのにぃ」
とぼやいた寧音のケータイも急になった。
「ひぁあ…うそでしょぉお」
「どうしてでないの?寧音ちゃん」
「だってこの音、マネージャからなんだもん…。絶対洸の二の舞だ…」
「出てよ、寧音ちゃん。大事なお仕事のおはなしでしょ?」
「うー」
寧音はほとんど泣きそうになりながら話して、通話を切った。
「ごめんね優羽ちゃん…。私も戻らなくちゃ」
「ううん、気にしないで。今日はすっごく楽しかったから、もう十分だよ。わたしのために、どうもありがとう」
「ううう優羽ちゃん!!売れっ子はつらいよぉおお」
「うんうん、つらいね…」
そうして洸と寧音を見送って、俺たちは三人になった。
なんだかんだ言いながらも、優羽はやっぱりさびしそうな顔をしていた。
いや、正確には心細い、かな。
寧音がいなくなって、俺と雪矢と三人きりになってしまったのだから。
けど、俺にしてみれば、
ラッキぃ…。
これはもう、千載一遇のチャンスだ!!
けどそれは雪矢とて同じ…。
なんとしても雪矢のおジャマ野郎を排除せねば。
とちらりと見たところで、雪矢と目が合った。
ふっと小さく漏れる、澄ました微笑。
上等だ。
勝負開始だ。