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「ところで亜紀は? 用事って、もしかして亜紀もデート?」
目を輝かせる麗香を見て、私はくすりと笑う。
「デートなわけないじゃん。遼は今日も遅くなるみたいだし。あ、デートはデートかな。相手は女だけど」
「あのさー、デートって聞いて何で旦那が思い浮かぶのよ。亜紀、あんたそれ虚し過ぎ。しかも、珍しく急いで仕事を切り上げた目的が、同性とデートとは……」
麗香はわざとらしく肩を竦めた。
「旦那が相手で虚しい?……何で? それに約束してるのは母親なんだ。今日はちょっと……特別な日だから」
「へぇー……お母さんね。それはいいとしても、亜紀。あんたこのまま女として枯れていいの?」
麗香は腕を組み、大きく息を吐いた。
「枯れるって……どうして私が枯れるの?」
「違う。言い方を間違えた。亜紀、あんたはもう枯れ始めてる」
麗香は真顔で私を見た。
「若い小娘には到底出せないものがあるの。内側から滲む余裕とか、落ち着きとか、色気とかさ。それが出せるのは三十を過ぎてからの女。亜紀、今からが女の花開く時なんだよ」
「……私に浮気しろって言いたいの?」
「浮気しろなんて言ってない。行為じゃなくて中身、気持ちの話をしてるのよ」
私が少し不愉快そうな顔をしたからだろうか。麗香は一つ息をつき、声の調子を落とした。
「誰か部屋に入って来るといけないから……やめよ、こんな話。それに私そろそろ行かなきゃ」
私はバッグを肩に掛け、ロッカーの扉を閉めた。
「ん……。私も急がなきゃな」
麗香はブラシで髪を梳かしながら、ふっと小さく笑う。
「……麗香の彼、会わせてくれる日を楽しみにしてるよ。じゃあ、お疲れ。また明日ね」
私は軽く手を振り、更衣室の出口へ向かう。
「――亜紀!」
背後から友人の呼び止める声がした。
「え、なに……?」
肩から滑り落ちかけたバッグを掛け直し、振り返る。
「あのさ、今週の土曜日、予定空いてる?」
「今週の土曜日?」
「うん。もし空いてたら、私に付き合ってよ」
「ああ……うん。たぶん大丈夫だと思う。久しぶりに飲みにでも誘ってくれるの?」
首を少し傾げて微笑む。
「まぁね。真面目で良い子ちゃんの亜紀は、きっと腰を抜かして喜ぶと思うわよ」
麗香は「ふふっ」と、意味ありげに笑った。
「腰を抜かして喜ぶ? それを言うなら“驚く”でしょ。それで、どこに行くの?」
「“喜ぶ”でいいのよ。場所はまだ内緒。また連絡するから。いい? 土曜日は絶対空けておいてね」
麗香は頬にかかった黒髪を耳に掛け、さりげなく笑った。
誰が見ても間違いなく美人と言える整った顔立ち。
胸元まで伸びた黒髪は毛先まで手入れが行き届き、艶やかに光を返している。
薄く弧を描く唇。そこに引かれた深紅のルージュは派手すぎず、彼女の魅力を引き立てていた。
服の上からでも分かる、女の匂いを含んだしなやかな身体のライン。
視線の奥に直接入り込んでくるような、そんな存在感がある。
『妖艶』
その言葉が、よく似合う。
私には、存在しないもの。
「麗香……名前、そのものだね」
彼女を見ていると、無意識に言葉が零れた。
「え?」
麗香は眉を上げ、首を傾げる。
「ううん、何でもない。分かった、土曜日空けとくね」
軽く手を振り、更衣室の扉へと急いだ。
地下鉄の長い階段を上り、空を見上げる。
薄くなった水色の空には、太陽を隠した雲の端が黄金色に光っていた。
行き交う車の音に紛れ、夏の終わりを告げるツクツクボウシの輪唱が夕空に高く響いている。
「暑いなぁ……」
地下から地上へ出た途端、アスファルトから立ち上る熱気がまとわりつく。
立っているだけで額に汗が滲んだ。
私はハンカチで汗を押さえ、母の待つレストランへと急ぐ。
オフィスビルの一階にある、少し高級なレストラン。
店員に案内されて奥へ進むと、通路に置かれた大きなパキラの葉の隙間から母の顔が見えた。
『予約席』の札が置かれた窓際の席。
こちらに気づいた母は、ぱっと顔を明るくした。
「ごめんね。かなり待った?」
私は椅子を引きながら尋ねた。
「ううん。せっかく都会に出てきたんだで、買い物でもしようかと思って。母さんが勝手に早く来ただけ」
「都会って……名古屋だよ? 東京に来たわけじゃあるまいし」
「田舎者からしたら名古屋も十分都会さ。東京タワーみたいなの建っとるし」
「ああ、テレビ塔ね」
「そうそう、テレビ塔。ほら、向こうには円盤みたいなキラキラ光る大きな建物が……あれどうして光っとるの?」
母は楽しげに窓の外へ目を向ける。
「あれはオアシス21。『水の宇宙船』って呼ばれてて、ガラス張りの屋上一面に水が流れてるんだよ。後で連れてってあげる。水の横を歩けるし、夜の栄の街も綺麗に見えるから」
母の横顔を眺めていると、自然と頬が緩んだ。
コメント
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麗香の「枯れ始めてる」って言葉、すごく引っかかりました。彼女の言う「内側から滲む余裕や色気」って、確かに亜紀にはまだないもののように見えるけど……でもラスト、母親と並んで自然に頬が緩む横顔には、麗香にはないあたたかみがある。土曜日の約束、何が待ってるのかすごく気になります。