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シモハライ先輩と榎先輩のあとに続くように、わたしもフェンスの穴を抜けて森の中へ踏み出した。
サクサクと足元に落ちる葉が鳴り、ふわふわの土にうっすらと靴跡が残る。わたしたちの歩む足音だけが辺りに響き、他は全くの無音。葉の騒めく音はおろか、鳥のさえずりや鳴く声、虫の一匹すら気配を感じられない鬱蒼とした寂しい暗がりの中を、夢魔への恐怖を抱えながら歩くのは、ただただ不安で仕方がなかった。
「……まだ歩くんですか?」
榎先輩の背中に訊ねると、先輩はこちらに顔を向けながら、
「もうすぐだよ」
短くそう答えたのだった。
程なくして、先頭を歩くシモハライ先輩は右へと曲がり、そのまま緩やかな下りを経て、やがて辿り着いたのは、重々しい雰囲気の、観音開きの鉄扉の前だった。
その扉は茶色く錆びついており、けれどその取手の部分だけは常に誰か(もちろん、これは夢なのだけれど、たぶんシモハライ先輩や榎先輩、そして楸先輩の三人)が開け閉めしているのだろう、ピカピカと鈍色に輝いていた。
「え? ここ……?」
うん、とシモハライ先輩は頷いて、何のためらいもなく、その取手に手を伸ばした。
「だ、大丈夫なんですか?」
「たぶん?」
「たぶんって――!」
なに、その曖昧な答え! この先に何があるのか解らないのに、そんな軽い感じで開けて本当に大丈夫なの? 扉を開けた瞬間、夢魔が飛び出してきたら? もし夢魔じゃなかったとして、他の何か――例えば、さっき榎先輩が目撃した何者かが襲い掛かってきたりでもしたら、どうするつもりなんだろうか。
校舎から抜け出した時もそうだったけれど、シモハライ先輩、大人しそうな見た目に反して思い切りが良すぎて、何だかすごくヒヤヒヤしてしまう。
それに、榎先輩もだ。そんなシモハライ先輩に対して、榎先輩はわたしと違い、まるで慣れたように、全く動じた様子もなかった。
シモハライ先輩は心配するわたしをよそに、ギギギっと音を立ててその鉄扉を開けて。
「――!」
わたしは思わず身体を縮こまらせ、いつでも逃げられるように地面を強く踏みしめた。
「……やっぱり、誰かいるみたいだ」
シモハライ先輩の言葉に、わたしは恐る恐る、その扉の中を覗き込んだ。
天井からぶら下がる裸電球は奥へ向かって一列に並んでおり、煌々とそのどこまで続いているのかわからない長い道を照らし出していた。その見た目は一見して大口を開けたチョウチンアンコウか何かのようで、入ってしまえばそのままパクンと食べられて、二度と外には出られなくなるんじゃないかという、そんな錯覚をわたしは覚えた。
「行こう」
シモハライ先輩の言葉に、榎先輩はこくりと頷いて、ふたりはためらうことなくスタスタとその大きな口の中へと入っていった。
「えっ、えぇっ!」
わたしは一瞬たじろぎ、けれどこんなところに独りぼっちにされるのもやっぱり嫌で、
「ま、待ってくださいよぉ!」
ふたりの後ろを、小走りで追いかけたのだった。
廊下は歩いても歩いても、どこまでも続いているように思われた。
いったいどこまで続いているのだろう、シモハライ先輩も榎先輩も、気にする様子もなくただ歩き続けている。
わたしはそんなふたりの背中に向かって、
「……結構長いんですね」
口にすると、シモハライ先輩は立ち止まり、こちらに振り向き首を傾げながら、
「いや、さすがに長すぎる」
「だね」
と榎先輩も頷いて、
「こんなに長いはずがない。やっぱり夢だからかな」
「どうなんでしょう?」
そう言って、けれどシモハライ先輩は、再び前を向いて歩き始めた。
わたしは榎先輩の背中に隠れるようにして、その後ろをついて歩く。
まるで校舎を彷徨い歩いていた時と同じような感覚に、次第に不安が募っていった。
どこまでもどこまでも続いているように見えるこの道には、本当に果てというものがあるんだろうか。
なんとなく恐怖しながら進んでいくと、やがてわたしたちはだだっ広い空間に辿り着いた。
そこには沢山の書架が並んでいて、そのそれぞれに何百冊という書物がぎっしりと詰め込まれていた。たぶん、魔女文字――魔女や魔法使いが使っている秘密の文字――で書かれているのであろうその書物の間を抜けると、そこは小さな書斎になっていて、その机を前にして古めかしい椅子に座っていたのは、
「……馬屋原先生」
シモハライ先輩のその言葉に、「やぁ」と気の抜けた声を発しながら彼――馬屋原先生は振り向くと、
「ようやくここまで来たのか。なかなか来ないから、一生校舎で暮らすつもりなのかと思って、つまらなく思っていたところだよ」
言って、ふひひっと気味の悪い笑みを漏らした。