テラーノベル
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アントンはシャチトルとともに艦へ乗り込み、海路から出陣した。
港を埋め尽くす艦隊の先頭には、海軍大将ガイロが率いる巨大戦艦が悠然と進む。
幾重にも並ぶ帆柱が朝日に輝き、その壮観な光景に兵たちは勝利を疑わなかった。
一方、陸軍大将カニデスは十万の兵を率い、
翌日には陸路から進軍を開始する手はずとなっている。
出港を前に、アントンは岸壁に立つカニデスへ声をかけた。
「よろしく頼む。」
「万事、お任せを。」
カニデスは力強く胸に拳を当てた。
アントンは満足げにうなずく。
(制海権はこちらにある。)
ライナー軍が海を渡るとしても、大軍を運ぶことはできない。
せいぜい少数の上陸部隊が限界だ。
その先鋒をカニデスが踏み潰せば、戦は終わる。
あとは王都へ進軍し、ライナーを討つだけ――。
アントンは疑いもしなかった。
しかし、その慢心こそが、
ライナー軍の軍師スピリタスとアグリが待ち望んでいた隙だった。
「では、イスカンダルで。」
「うむ。」
ライナーは力強くうなずいた。
「アグリ艦隊、出発!」
号令とともに艦隊が港を離れる。
今回の戦争に間に合うよう急造された小型艦を中心とする艦隊。
豪華さも威圧感もない。
だが、機動力だけは誰にも負けなかった。
その先頭に立つのは、ライナーの剣とも言える将軍アグリだった。
「では、われわれも参りましょう。」
スピリタスが静かに促す。
「ああ。」
陸路はパーカーブラザーズを伴い、スピリタスを先頭にライナー自ら進軍する。
ライナーは振り返り、マエクスを見た。
「後のことは頼む。」
「お任せください。」
短い言葉だけで十分だった。
互いに託すべきものは、すべて分かっている。
ライナーは軍勢の前へ進み、右拳を高く掲げた。
「出陣!」
鬨の声が王都に響き渡る。
先頭の騎兵が駆け出し、続いて歩兵の列が大地を踏みしめた。
やがて軍勢の姿が地平の彼方へ消えていく。
その背を見送りながら、マエクスは静かにつぶやく。
「さて……やるべきことは、やった。」
彼はすでに、ライナー出陣後に元老院残党が反乱を起こす可能性を見越していた。
だからこそ、自分は王都に残る。
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戦う場所が違うだけだ。
マエクスは小さく苦笑する。
「私の場合は、神ではなく……幸運が訪れることを願うとしよう。」
王都に吹く風だけが、その独り言を静かに運んでいった。
アントン軍海軍大将ガイロは、甲板から長大な船団を静かに見渡していた。
海を埋め尽くす大型戦艦。
その威容だけを見れば、誰もが勝利を疑わないだろう。
だが、ガイロの表情は晴れなかった。
(もともと我が軍の主力は陸軍だ。)
歩兵ではライナー軍を圧倒している。
海軍は、あくまでその補助。
兵を運び、敵の上陸を阻み、制海権を維持するための存在にすぎない。
並ぶ大型船も、敵艦との機動戦を想定したものではない。
港を封鎖し、侵入を阻むために建造された艦だった。
そのため船足は遅く、小回りも利かない。
何より深刻なのは、水夫の不足だった。
フィリピアの戦い以降、合流した諸侯の船団に頼る場面も多く、
艦隊全体の練度には大きなばらつきがある。
ガイロは海図へ目を落とした。
そこには、自軍が広大な海域を支配していることが示されている。
だが——。
「本当に……地図のとおり、制海権は我らにあるのだろうか。」
その疑問を口にしたのは、誰にも聞こえないほど小さな声だった。
潮風だけが、静かにその言葉をさらっていった。
アグリは港に停泊していた輸送船を静かに見つめた。
「兵船はありません。」
副官が小声で報告する。
「補給船ばかりですね。」
アグリは短くうなずく。
「それで十分だ。」
夜明け前。
アグリ艦隊は霧に紛れて港へ滑り込んだ。
「敵襲!」
見張りが鐘を鳴らした時には、すでに遅かった。
弓兵の一斉射が城門の守備兵を倒し、上陸した兵たちは桟橋を制圧する。
アグリは迷うことなく命じた。
「船を焼け。」
たいまつが投げ込まれる。
乾いた木材が炎を上げ、港に停泊していた補給船が次々と燃え上がった。
さらに兵糧庫、倉庫、投石機。
補給に必要な施設だけが、狙い澄ましたように炎に包まれていく。
守備隊は反撃を試みたが、統制を失い散り散りとなった。
「深追いはするな。」
アグリは燃え上がる港を一瞥する。
「目的は果たした。」
彼は剣を海へ向けた。
「全艦、北上。」
グラン艦隊は夜明けの海へ姿を消した。
港に残ったのは、黒煙と炎だけだった。
「申し上げます!」
伝令がカニデスの陣へ飛び込んだ。
「ライナー軍の襲撃です! メガネ港の守備隊が壊滅しました!」
「何だと?」
カニデスの表情が険しくなる。
南方の補給港。
まさか、そこを狙うとは思っていなかった。
「敵将はアグリと思われます!」
「……いきなり本命の登場か。」
カニデスは低く吐き捨てた。
「総司令官は今どこに。」
「予定通りアンゴラ湾へはいったとのことです。」
その瞬間、カニデスの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。
「ならば好都合。」
彼は地図の湾を指で叩いた。
「北はアントン様におまかせしよう」
「ガイロに伝令を。アグリを包囲する」
「アグリは、この私が討つ。」
「レピダス殿。あなたを逮捕します。」
イージプから帰国したばかりのレピダスを、マエクスは静かに拘束した。
抵抗はなかった。
縄を掛けられたレピダスは、ただマエクスを見つめる。
長い沈黙の末、ぽつりと口を開いた。
「……最初からか。」
「最初からです。」
マエクスは表情一つ変えずに答えた。
レピダスは小さく笑う。
「ライナーも、アントンも、分かっておらぬ。」
「一人の人間へ権力が集まれば、やがて腐る。」
「独裁とは、そういうものだ。」
マエクスは少し考え、静かに言葉を返した。
「……その通りかもしれません。」
レピダスがわずかに目を上げる。
「ですが。」
マエクスはまっすぐレピダスを見た。
「それでも人々は、平和と安定を望むのでしょう。」
「自由よりも、明日の暮らしを。」
「私は、そう思います。」
レピダスは何も答えなかった。
ただ静かに目を閉じた。
それが、元老院最後の議長としての答えだった。
コメント
1件
わあ、ついに両軍が出陣しましたね…! 戦場を前にしたアントンの慢心と、それを見透かしたライナー側の動きの対比が鮮やかでした。ガイロが「本当に制海権は自分たちにあるのか」と疑うシーン、あの小さな声が効いてます。マエクスとレピダスの会話も重くて、いい場面だったなあ。続きがすごく気になります!