「おい、|恋《れん》…締め付けすぎだ…まだ半分だぞ」
尊さんの低い声が、熱と湿気を帯びた薄暗い寝室に響いた。
その声には、焦れたような苛立ちと
俺を気遣うような優しい響きが混じっていた。
「……んっ…だっ…て、勝手に、力、入っちゃって……っ」
俺の情けない声が、喘ぎに掻き消される。
尊さんの体温が俺の体に密着していて、肌が触れ合う部分から熱がどんどん伝わってくる。
雪白恋、22歳───。
俺は今、パートナーである尊さんのちんちんが全部入り切らないという
とても気まずい惨事に見舞われていた。
尊さんのものは、いつも熱くて大きくて
その存在感だけで俺を蕩けさせるのに
肝心なところで受け入れられないなんて、自分が不甲斐なくて情けない。
尊さんの顔を見ることができず、ただ枕に顔を埋めることしかできなかった。
「…仕方ないな、一旦抜くぞ」
その言葉と同時に、熱い塊が俺の中から滑り出ていく。
内側が急に空虚になり、なんだかすごく寂しい気持ちになった。
「うっ…す、すみま、せん…っ」
体だけじゃなく、心まで尊さんを求めているのに、どうしてうまくできないんだろう。
穴からじんわりと尊さんの愛の証が溢れ出てくる感覚に、俺はまた顔を赤くした。
◆◇◆◇
事後────…
と言っても、半分しか挿れてもらえなかったから、満足いく行為ではなかった。
シーツに横たわる俺の体は、熱を帯びたまま。
最近忙しくて、仕事に追われ自慰行為もセックスもできていなかったせいか、どうしても体が固まってしまっていた。
特に奥の方が、今日は頑なに尊さんを受け入れてくれない。
「尊さん…っ」
尊さんの欲求を満たせなかったという、言いようのない罪悪感が俺の胸を締め付ける。
尊さんが困り顔で俺の頭を撫でる、その手がとても優しくて、逆に辛かった。
「気にするな、無理しても意味ない」
「ん……でも……」
尊さんは優しい。
こんな俺でもパートナーとして大切にしてくれるし、いつも甘やかしてくれる。
仕事で疲れているはずなのに、俺との時間を作ってくれて、セックスだっていつも俺の気持ちを優先してくれる。
だから、俺もフォークである尊さんに、ケーキとしてそれに応えたいのに。
「…今から解してヤるにしても、明日に響くだろ」
「それは……」
明日は二人とも朝が早い。
中途半端な状態で、尊さんの時間を奪うわけにはいかない、かも。
「だから、今日はこれで終いだ」
そう言うと、尊さんはチュッとリップ音を立て俺にキスをする。
名残惜しい気持ちを誤魔化すように、唇を押し付けられる。
「どうした、そんな蕩けた顔して」
尊さんの唇が離れると、俺の視線はとろけるように尊さんを見つめていた。
まるで、もっと欲しいとせがむ子どものような顔だ。
「し、してないです!……ただ、名残惜しい、だけで……」
俺は勇気を振り絞って、尊さんの目を真っ直ぐに見つめた。
「でも……尊さん…っ、明日は絶対、ちゃんと、準備しておくので……その、奥まで挿れてくれますか…っ?」
恥ずかしさを押し殺し、潤んだ瞳で上目遣いでお願いすると、尊さんはゴクリと唾を飲み込んだ。
その喉仏が動くのを、俺は息を詰めて見つめる。
「ったく……お前は本当に煽るのが上手いな」
「へ…?あ、煽るって…?」
「そういうところだよ、まったく……」
尊さんはため息をつくと、俺を強く抱きしめ、再び唇を重ねた。
今度はさっきよりも深く、舌を絡めとるように
まるで全てを奪い去るような口づけだった。
「……ッ」
深い口づけのせいで酸欠になりかけているのに、全然離してくれない。
尊さんの腕の中が、こんなにも熱くて心地よいのに、息ができない。
「んっ……ぷはぁっ」
ようやく解放されると、俺は大きく息を吸った。
ドクドクと心臓が脈打つのを感じる。
そんな俺の様子を見てか、尊さんはクスクス笑っていた。
「はぁ……はぁ……ず、ずるいです……っ、こんなキスでごまかすなんて……」
「誤魔化すってな…お前が痛がる方が見たくないんだよ」
尊さんはそう言って、満足げな顔で俺の頬を撫でた。
「えへへ…尊さんらしいですね」
俺はもう、尊さんの手のひらで転がされているような気分だった。
◆◇◆◇
尊さんが淹れたコーヒーの香ばしい湯気が立ち込めるキッチンを背に
俺はリビングのソファにもたれてリモコンを手に取った。
先程の熱気が嘘のように、室内は静寂に包まれている。
静かな室内にはテレビからアナウンサーの声だけが聞こえる。
ただぼんやりと画面を眺めていると、尊さんがマグカップを片手に戻ってきた時
ちょうど報道番組のスタジオに緊急テロップが赤々と走った。
速報:東京都文京区周辺でケーキを狙った通り魔事件がまたもや発生した模様
アナウンサーの声が急に張り詰めたものに変わり
スタジオの空気が一変したのが画面越しにも伝わってくる。
「昨夜未明……文京区立礫川公園の前を通り掛かったケーキの女性が背後から襲われる事件が発生しました。被害者は首と背中に刃物のような鋭利なもので傷を負い、病院に搬送後死亡が確認されました」
俺はリモコンを握る手が、冷たくなっていくのを感じた。
画面に映し出される映像が切り替わり、現場と見られる夜間の公園が映し出される。
ブルーシートが敷かれた芝生には血痕らしき跡が広がり、鑑識の制服姿の警察官たちが屈んで作業していた。
「こちらの現場では凶器らしきものは発見されておりません。ただ被害者には……首筋と肩甲骨あたりに複数の刺傷が認められたとのことです」
尊さんが無言でコトリとテーブルにカップを置く。
その瞳孔が微かに細くなったのを、俺は見逃さなかった。
いつもの穏やかな表情から、一瞬にして何かが消え去ったような冷たい顔つきになっていた。
アナウンサーは続ける。
「この犯人は今月に入って三件目。いずれもケーキと推測される若い男女が深夜に単独で帰宅途中に襲われたケースです────」
俺は思わず声が震える。
「し、死亡って…!そんな……誰がこんな酷いこと…っ、なんでケーキだけ…っ」
尊さんがふいに窓の外を見ながらコーヒーを一口啜る。
その視線は、夜の闇に吸い込まれていくようだった。
「ケーキを立て続けに襲うなんて、フォーク以外の何者でもないだろうな」
その言葉は確信に満ちていて、俺の背筋をまた一段と冷たくした。
アナウンサーの声が割り込む。
「警察は同一人物による連続通り魔事件と断定し捜査本部を設置しました。また犯行時間帯が毎回零時台であることから、不審者情報収集を呼びかけています」
テロップが赤字で補足された。
危険な時間帯:0時〜1時ごろ
犯人の特徴:全身黒ずくめで黒いフードをかぶっており、顔は確認できない。
「文京区っつったら…」
尊さんが視線を戻し低く呟いた。
その声は、ニュースを聞く前よりも一段と重く響く。
「お前の家の近くだろ?」
「……! ……はい…めっちゃ、近場ですね…」
まるで、事件の現場と俺の家が、細い糸で繋がっているような気がした。
背筋に冷たいものが走る。
「で、でも…フォークって、言っても人間ですよね。尊さんだってフォークだけど、ケーキを食べなくたって生きていけるって、前言ってましたよね?」
俺は縋るように尊さんを見た。
「そりゃあな、食わなきゃ死ぬってわけじゃない」
「だったら!犯人がフォークだとするなら…いくら味覚を失っているとしても……こんな、こんな残酷なこと、どうしてできちゃうんでしょう…同じ人間なのに…」
尊さんは黙ってカップを手の中で回しながら、しばらく沈黙した後
まるで自分に言い聞かせるように続けた。
「…恋、お前を怖がらせるつもりは無いが、飢えたフォークはケーキを前にすればただの捕食者だ」
「…ほ、捕食者…っ」
前に、尊さんの友人である狩野さんにも言われた言葉だ。
フォークとケーキは、永遠に交わらない捕食関係にある、と。
「ケーキを喰らうためなら手段を厭わないクズもいる、普通の殺人犯と一緒だってことだ」
尊さんの眼差しは、静かで冷たい湖の底のように見えた。
「…俺、ケーキってだけで……知らないフォークに、こ、殺されたく、ないです…っ、尊さんと、まだまだしたいことたくさんあるんですから…!」
俺はソファに深く沈み込み、尊さんは俺の隣に寄り添って、俺の肩を抱き寄せてくれた。
「…分かってる、大丈夫だ。お前のことは俺が必ず守ってやるから安心しろ。誰にも食わせたりはしない」
「…は、はい…っ」
その温もりが、少しだけ俺の恐怖を和らげてくれた。
コメント
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主さんのエピソードはほんとにどれも完璧です😭❤️🔥恋くん、安定に健気で可愛いです💗✨️尊さん、安定にクールでかっこいい、‼️💗😎さて、この事件はどんな展開になるのか‼️😦楽しみでもあり、ドキドキします😍💓次のエピソード気長に待ってます︎︎︎︎👍🏻︎︎💗作品づくり頑張ってください🔥💪素敵なエピソードをありがとうございます‼️😊長文失礼しました‼️🙏🏻