「ああ、ステラ様ご存じですか?」
「ブライト・ブリリアント……い、一応。光魔法の家門だし……帝国の……」
「珍しいですよねえ。魔法は、フランツ様には及びませんよ!フランツ様だって、領地から出れたら、きっともっと……」
と、アウローラは身振り手振りで応戦する。それを聞きたいわけじゃなくて、ブライトがここにくる、という話が私にとっては重要だった。そんなイベントが元からあったのか。それとも、物語が変わってしまったから、ブライトがここを訪れるのか。それも見極めなければと思った。何にしろ、ここで動かないと、チャンスは来ないと、そう思った。
「わ、私もついて行っていい?」
「え、ああ、はい。ついてきても大丈夫だってさっき言いましたよ?何ですか!?ステラ様、ブリリアント卿狙いですか!?」
「いや、そういうんじゃなくて……魔法のこと、とか聞きたいと思って」
「ああ、魔法ですか。それなら、フランツ様に聞けばいいじゃないですか!」
「た、確かに……」
それをいわれると、言い返せないなあ、なんて思いながら、私は残りのショートケーキを口に放り込む。
動こうと持っていた矢先にきたチャンス。でも、この間ブライトにあったとき、あまりいい印象を残せなかった。あの時は変身魔法で身を隠していたからバレなかったけれど、魔力を覚えていたら、私だって一発でバレるかも知れない。あの時はまだ、私はフィーバス辺境伯の養子じゃなかったわけだし……
(あれ、私震えてる?)
自分の手に視線を落とすと、手が震えていることが分かった。ブライトに会うのが怖いわけじゃない。ただ覚えていない、冷たくされるのが怖いんだと、私は気づいた。私だけが覚えているあの世界の記憶の数々。彼らは忘れて、リセットされて……私じゃない、エトワール・ヴィアラッテアと話していて。それが、幸せだって、すり込まれているとしたら、私はそれを解放したい。そうじゃないんだっていいたい。私が、あの世界で嫌われていなかったとしたら……今の偽りの幸せよりも多幸感を与えられないかも知れないけれど……
(私がいない方が、幸せになれる……?)
一瞬思ってしまったネガティブなこと。でも、それを私が考えたって仕方がない。あっちがジャッジするだけ。それで、思い打算飼ったら、今の幸せがいいということだし。
「うん……大丈夫」
「どうしたんですか。ステラ様。急がないと、フランツ様に氷付けにされちゃいますって」
「大丈夫だって。お父様はそんなことしない」
「分かってますけどー他の貴族が訪ねてくるの珍しいんで、フランツ様もきっと緊張して」
「お父様が緊張するようなたちで?」
「うーん、言葉にするの難しいんですけど、他者との接触を断っているフランツ様からしたら、久しぶりのことなんじゃないですかね。社交界にも顔を出せないので」
まあ、それも一理ある。私は同調の意味を込めて首を縦に振った。
「とにかく、急ぎますよ。ステラ様」
「え、ああ、うん。あのこのまま出て大丈夫?その、アウローラがいう、貴族令嬢云々の……」
「あーもう、面倒くさいです。思い出させないでください!そうですね、ステラ様が中途半端な格好をして出たら、フランツ様の顔に泥を塗ることになりますし。それに、初めてでしょ。ステラ様も」
「な、何が?」
「他の貴族と顔を合わせるの!ああ、アルベド・レイ公爵子息様は別ですよ。あれは、特別」
「た、確かに、そう……かもだけど。あ、やってくれるの、ありがとう」
「貴方の侍女ですからね!」
ふんす、といった感じで怒りつつも、アウローラは私のドレスと髪の毛、身だしなみを全て調えてくれたあ。その手際の良さといったら、横に並ぶ人はいないんじゃ無いかと思う嫌いに。よっぽど急いでいるんだなと言うことも分かって、何だか申し訳なくなった。
「あれこれ言わずについてきてください!ああ、でも、別にステラ様のことは待ってないんでしたね」
「ひ、酷い……」
「いきますよ。ステラ様」
と、手は引っ張らなかったが、ついてこいと先を行くアウローラ。これはいいのだろうか、なんて思いならも私は、彼女の後に続いた。二階から一階に降りる螺旋階段。アウローラは先に降りているようで、下にいたフィーバス卿と合流している。フィーバス卿がなんだかんだ、アウローラを頼りにしていることが分かって、何だか嬉しかった。私の侍女だーって胸をはって言えるから。まあ、抜けている所もあるけれど、そこは目を瞑って……
「ブライト……」
走ると落ちそうだったから、私はゆっくりと階段を降りた。あっちはまだ私の存在に気づいていない。そもそもなんで彼はここに来たのか、本当に分かっていなかった。立ち話をしているので、もしかしたら、フィーバス卿はすぐに追い出してしまうかも知れない。あまり、人と話すタイプじゃないし。そんなど偏見を、フィーバス卿になすりつけながら、私が一階と二階の踊り場で止れば、ブライトがゆっくりとこちらを見た。漆黒の髪に、アメジストの瞳。敵意は感じない、その澄んだ瞳に、私は胸がきゅううっとなる。ブライト、って叫びたいけれど、あっちは覚えていないし、今の私は貴族令嬢で。そんなはしたない真似は出来ないと思った。フィーバス卿の顔に泥を塗ることになる……それは、きもに免じておかないといけないと。
私は、彼に気づかれても、ゆっくりと階段を降りきって、フィーバス卿の後ろにスッと立った。
「フィーバス卿、彼女は……?」
ブライトの視線は、フィーバス卿からこちらに移される。そりゃ、驚くだろう。フィーバス卿は養子を取らなかったことで有名だし、この年で、幼妻……にしては離れすぎているし、フィーバス卿が!? とそっちのほうが驚きだろうから。
私は、にこりとブライトに微笑みかけた。
「初めまして、ブライト・ブリリアント侯爵様。私は、ステラ・フィーバスと申します」
「ステラ・フィーバス……フィーバス卿の娘……さん。養子……」
と、ブライトはポツリポツリと、言葉を漏らす。まだ信じられないようで目がパチパチと動いている。私はというと、挨拶が上手く出来たか、そっちの方が心配だった。なので、ちらりとフィーバス卿の方を見てみる。彼は、何処か誇らしげに、ブライトの方を見ていた。自慢の娘だぞーアピールをしたいんだろう。親ばかが。
ブライトは、暫くして、「そうでしたか」といつもの薄い笑みを貼り付けた。お得意のスマイル。私に対しては、まだ普通の感情しか持っていない。いや、興味を持った程度なのだろう。いずれ忘れるかも知れないと。
(好感度は……1……あれ?)
マイナスだと思っていたけれど、1はあるようで、そこは安心した。0でもいいとそう覚悟していたのだけど、もしかしたら今の挨拶がよかったのかも知れない。機械音が鳴らなかったから、そのふしはうすいけれど。
「すみません、少し驚いてしまって……初めまして、ステラ嬢。私は、ブリリアント家侯爵代理……ブライト・ブリリアントと申します」
「初めまして、侯爵様」
代理、ということはまだ爵位を受け継いでいないのか。でも、この時のブライトは既に侯爵と同じ仕事をしていたし、何なら、ブライトのお父さんは、ヘウンデウン教に寝返っている頃だろう。だから、代理といっても、ほぼほぼ侯爵にちかい。
それにしても、何も変わらないブライトに、少しだけ安堵感を覚える。もし、あの帝都のことを覚えていたらどうしようと思ったが、その心配はないようだった。私のことは、フィーバス卿の娘として認識しているっぽいし。
(んんんん?)
それにしても、こっちを笑顔で見ている。いや、バレたかも知れない。私は、笑顔を取り繕いつつ、今度はアウローラの方を見た。アウローラはフィーバス卿の後ろで静かにしている。よそ顔だなあ、なんて思いながら、私は再び、ブライトの方に視線を戻した。
「あの、すみません、フィーバス卿。少し、ステラ嬢と話したいのですが」
「貴様、何のためにここに来たと思っているんだ。俺に用事があったのだろう?」
「そう、ですが……先ほどまで、話を聞いて貰えるような状況では――」
「おおおお、お父様!私、ブライト様と話したいです!」
ぴりりとした空気が漂い始めたので、これはいけないと、私は手を挙げてしまう。これは、明らかにおかしい行動だったので、ブライトもフィーバス卿も私の方を見る。恥ずかしい気持ちを抑えながら、私は、ダメですか? とフィーバス卿に首を傾げて、媚びてみた。
「お父様、お願いします。私、社交界に出る前に貴族とお話したいんです」
だめ押しの一言。もう、ドレスの下は汗でぐっしょりしていた。