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小さい頃からヒーローに憧れていた。
悪しきをくじき、弱きを助ける。
テレビで見るヒーロー達は誰もかっこよくて、強くて、そんな存在になりたいと思っていた。
現実でもなれると信じていた。
毎朝早くに目が覚める。
そこから二度寝は出来ない。
不眠症というやつなんだろう。隈が治らない。
憧れていたヒーローがこの世界にいないと知った時、絶望感を抱いた。
そこから拗らせてしまった結果、世間では俺の事を”厨ニ病”と言う。
そんなある日、俺はコスプレという存在に出会った。
好きな存在でもなんにでもなれる、この世界と現実から解放される。
そんな感覚に心地よさを感じて、没頭するのに時間はかからなかった。
いつからか早朝にコスプレをして町を徘徊するようになった。
誰もいない静かな世界。
まるでこの世に取り残されたかの様な錯覚がますます自分の世界に入り込ませる。
ここならなにも聞こえない。
悪意ある声も心を抉るような笑い声も、なにもかも。
一目惚れだった。
向かいの信号から俺を見ている彼女。
決して派手ではないが、なにか惹かれる。
早朝ということもあり、車はない。
気付いたら彼女の近くに行ってしまった。
(なんて声をかけたらいいんだ?)
迷ったが、今の俺のキャラクターなら、こう声をかけるはずだ。
「俺の声が聞こえたのか?まさか、君は•••俺の片割れ?」
「急いでるので!」
彼女から帰ってきた反応は俺が思っていたものとは程遠いもので、立ちすくんでしまった。
日が昇り1限に遅刻しないように大学へ向かう。
周りは恋人や友達と一緒に通学しており、賑やかな声が響く。
その中に混じって聞きなれた声が聞こえた。
「おはよう!黒田!」
「おはよう。」
鬼塚は高校からの数少ない友達だ。
彼自身は友達も多く、人付き合いも良い方だ。
大学まで他の人間ではなく俺と一緒にいるというのは、俺の前だと気が楽だからということらしい。
「なんか今日元気ない?どうした?」
人のちょっとした変化にもよく気付く。
「あぁ、朝、ちょっと」
「わかった。ついに職質受けたんだろ?」
「違う。」
鬼塚が考え込んでいるタイミングで、もう1人声をかけてきた。
「おはよう。鬼塚、どうした、熱出すぞ。」
「知恵熱なんか出さねぇよ! 」
もう1人の友達渡辺だ。こいつとは中学からの付き合いで趣味も合う稀少な存在だ。
そんな2人の いつもの光景に安堵した。
ふと2人に彼女の反応がどういうものか聞いてみようと思った。
「実は一目惚れしたんだ。」
「「!?」」
何故かその場が静かになった。
「声をかけたんだが」
「ちょっと待って!」
鬼塚と渡辺が信じられないという顔で俺を見ている。
「黒田が、ナンパ?」
「どうした、なにか変なもんでも食ったか?」
「?」
2人の反応もいつもと違う。
今日は不思議なことばかり起きる。
「どこの誰?名前は?連絡先は?」
「勧誘されたのか?なにか金品は要求されたのか?」
「名前も連絡先も知らない。金品も要求されてない。声をかけたら、走って行ってしまった。」
矢継ぎ早に聞いていたが、俺のその返事にまた静かになる2人。
「黒田、今日授業終わったら詳しく教えて。」
「俺も聞きたい。」
どうやら今日は全員午前中で終わりらしい。 授業が終わって3人でファミレスに行くことに決め、渡辺とはここで解散した。
(それにしても素敵な人だったな。俺には眩しかった。)
鬼塚と先にファミレスに入ってメニューを眺める。
それでも思い出すのは彼女のことだ。
「黒田、本当に大丈夫か?」
「え?」
「さっきからボーッとしてるし、なんなら今まで画面の中の女の子しか興味なかっただろ?」
痛いところを突かれる。
今までの女の子は俺が厨ニ病とわかると、侮蔑や嘲笑の対象にしてきた。 それも男女問わぬ集団で。
だから今でも人の笑い声が怖い。
何気ない視線もひそひそ話す声も。
人間不信だった俺を現実と繋ぎ止めてくれたのは紛れもなく渡辺と鬼塚だった。
「自分でもわからない。」
「コスプレで徘徊始めた時も突然どうしたのかと思ったし、今日のことも。もしかしていいことあった?」
「普通だ。なにも変わらない。けど、初めて女の人を綺麗で眩しくて、素敵だって思ったんだ。」
「ふぅん。でも、いいんじゃないかな。少しでも前に進めたなら。」
「そう、かな•••。」
暗い過去を知る鬼塚にそう言われると、少しむず痒い様な感覚になる。
「悪い、遅くなった。」
渡辺も合流して、お互いに食べたいものを注文する。
そして話題は今朝の出来事になった。
「あの黒田がな•••。」
「で、なんて声かけたんだ?」
楽しそうな声で鬼塚が聞いてくる。
「あぁ、ファーストファントムのセラウスのコスプレをしていたから、運命のヒロインに出会った時の」
そう言いかけた時、渡辺が吹き出す。
「ちょっと待て!お前、まさか、ヨヨに会った時のセリフじゃないだろうな?」
「そのセリフを言ったが、なにか悪かったか?」
ため息をつく渡辺とは対照的に鬼塚はお腹を抱えて豪快に笑っていた。
「やっぱり黒田は黒田だな!すげぇ好き!」
「お前声かける時くらい普通にしろよ。俺達じゃないんだぞ?」
「わかってる。けど、どう声をかけていいかわからない。」
「んー、挨拶からじゃね?やっぱり挨拶は人間の基本だろ!」
「そうだな。それが無難か。」
「後は女の子からしたら怖かっただろうから、ちょっと気を遣えたらよかったかもな。いきなり変な格好した男が話しかけてくるんだから。」
「うっ•••。」
鬼塚に言われ、今になって後悔が押し寄せる。
「俺は、なんてこと•••。」
「勉強!勉強!どんなに仲良くても女の子の考えてることはわかんねぇって!」
「人間同士なんだから、男女関係なくわかんないだろ。」
2人のフォローが身に染みる。
「俺は嬉しかったけどな!黒田が女の子を綺麗と思ったこととか。渡辺は?」
鬼塚が渡辺に話しかける。
「まぁ、よかったと思うよ。このまま自分の世界だけで生きていくのは段々難しくなるからな。少しずつでいいから、こっちの世界にも気を向けてくれると嬉しい。」
「渡辺。」
渡辺は鬼塚より長く俺のことを見てきた。そんな彼が言うのだから、余程心配をかけてきたんだろう。
「次の目標は、連絡先聞いて 俺達に紹介する、でどうだ?」
「勝手に決めるな!」
「そうだぞ、鬼塚。まず黒田は人並みの挨拶が出来ない。」
「挨拶くらい出来る!そこら辺の幼児と一緒にするな!」
「じゃあ挨拶からか!」
2人との時間は楽しく過ぎ、気付けば夕方近くになっていた。
渡辺と別れたあと、俺と鬼塚は駅に寄る。
ファーストファントムの新刊が出るのだ。
鬼塚は暇潰しに一緒に来てくれた。
そんな時彼女の姿が入った。直後、見知らぬ男性が勢いよく肩をぶつけ、彼女に怒号を浴びせた。
一瞬辺りは静まり返り、周囲の人間が声のする方を向く。
「あー、またあの人やってる。」
鬼塚が呟く。
「どういう事だ?」
「あのおっさん、手当たり次第に人にぶつかって鬱憤晴らしてるんだって。」
それを聞いて体が先に動いた。
「黒田!」
鬼塚の制止も聞かず、俺は2人の間に入った。
昔、同じ様に誰かを助けて、あれだけ後悔したはずなのに。
人を信じられず、自分の世界だけで生きようとしたのに。
それでも理由はなく、ただ助けたいと思った。