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(やっと終わった•••。)
結局あれだけ手伝ってもらったが、定時はとっくに過ぎ、時間通りに終わることは出来なかった。
それでも個人持ちの仕事がないだけマシに思えるのだから、相当この業界に毒されているのだろう。
「お疲れ様でした。」
日勤のメンバーも残った記録や追加指示のあった薬の準備などをしている。そんな姿を見ると後ろ髪を引かれる思いがする。
(割りきり、割りきり。)
そう思いながら帰路についた。
自宅近くの最寄駅に着いた。
特別な日でもないが、今日くらいケーキでも買おうかとお店に寄る。
そんな時視界に見覚えのある姿が映る。
(朝の残念なイケメンとその仲間だ!)
咄嗟に視線を逸らす。
(神様、どうかこの人が話かけてきませんように。)
心の中でいつものように祈る。
昼間の神様は意地悪だったが、今の神様はどうにか願いを聞いてくれそうだ。
ドンッ
急に肩に衝撃が走る。
一瞬なにをされたか理解できなかったが、徐々に感じる痛みと発せられた怒号に我に返る。
「危ないだろうが!」
有名なぶつかりなんたらに遭遇してしまったらしい。
(なんで、今日に限って!)
悔しいが面倒事には巻き込まれたくない。
私には明日も明後日も仕事があるのだから。
この場合、そんな人には関わらず、無視を決め込み逃げるのが一番だと、誰かが言っていた気がする。
「わざとぶつかったのはあなたの方だ。」
声の主の顔を見る。あの人だ。
逃げようとする私とぶつかってきた人の間に割って入ってくれていた。
相手は男が間に入ったことでばつが悪そうにどこかへ行ってしまった。
「••••。」
(気まずい!気まずい!)
朝の件もあり、どう声を発したらいいのか言葉がでない。
しかし相手も視線が定まっておらず、困惑しているい様子だ。
「ありがとう、ございました•••。」
「あ•••いや•••。」
なにか言いたげな気配もするが、仕事で疲れているのもあり、私は帰ろうとした。
「お姉さん、大丈夫?結構勢いよくぶつかられてたけど。」
彼の友達なのか、後ろから声をかけてきた。
「大丈夫!大丈夫なんで!それじゃあ!」
「あ、朝はっ•••その•••驚かせて、すまない•••いや、すみません、でした•••。」
「え?•••全然、気にしてないので•••。」
気にしてないことはない。
あんなにアドレナリンが出る出来事なんて滅多にない。
それでも目の前にしょんぼり肩を落としている人を見て、咄嗟に嘘をつくことしか出来なかった。
「俺、黒田 レオって言います。」
「白石 美香です。」
反射的に名乗り返してしまった。
ちょっと後悔しそうになったが、黒田君の顔が明るくなる。
「白石 美香さん、素敵な名だ。」
(やっぱり、ちょっと変わってる?)
なんともいえない顔をしていたのだろう。すかさず黒田君のお友達からフォローが入る。
「白石さん、もしよかったら連絡アプリの連絡先交換しませんか?番号とかは重いだろうし、嫌ならブロックしてもらって良いので。ね?」
「は、はぁ•••。」
助けてもらった手前、断るのも申し訳ない。
黒田君とお友達の鬼塚君とも連絡先を交換する。
黒田君のアイコンが目に留まる。
「これ、朝着てた服?」
「!」
バッと顔を上げる黒田君の目には今までにない程の光が宿っていた。
「黒田、ちょっと•••。」
鬼塚君が止めに入ろうとしたが、遅かったらしい。
「これはファーストファントムのセラウスの服で、歴代の主人公とはまた違う方向性の主人公キャラなんです。今までの熱血!正義!ではなく、誰よりも現実的で冷静な判断が下せるタイプで」
凄い熱量で話される。しかしその顔はとても楽しそうで、本当に好きなのが伝わってくる。
「黒田!距離感!オタクの悪い癖が出てるぞ!」
「あ•••。」
鬼塚君の一言で大人しくなる。
「白石さん、ごめん。好きな作品の話になると熱意が止まらなくなるんだ。」
「そうなんですね。」
「それじゃあ、俺達はもう行くから、白石さんも気を付けてね。」
大人しくなった黒田君はされるがままに鬼塚君に連れて行かれた。
2人と別れて自宅まで歩く。先程の出来事を思い出していた。
(賑やかな人達だった。それにしても、熱中してるもの、か。)
私が好きなものってなんだったっけ?
働きだす前は色々あったはずなのに、上手く思い出せなくなっていた。
それにウインドウショッピング、日帰り旅行、食べ歩き••••どれも楽しいが、黒田君のように熱中していたかというと違う。
(いいなぁ、熱中するものがあれば、もっと毎日充実するのかな。)
そんなことをボンヤリ考えていると、いつの間にか自宅に着いていた。
毎日仕事に追われ、誰も待っていない自宅と職場の往復をする。
代わりに休みの日はなにかをするわけではない。ひたすら寝て、ぼんやりと過ごす。
気が向いたら少し外出するくらい。
「今度こそマッサージ行こ。」
そう心に決め、私の1日は終わった。